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『誕生日*前日』side伊織

「うーん」  手にした二枚のカラフルな紙切れを見つめたまま、俺は唸っていた。  なんで、俺コレにしたんだっけ?  数日前の自分の行動力が悔やまれる。  いや、でも、二人で遊ぶなんていつものことだし。  深く考える必要なんてないよな、うん。  そもそも行きたいって先に言ったのは、大和なんだし。  大丈夫、いつも通り俺は渡すだけだ。  俺はベッドの上に寝転がりなから壁に掛けられたカレンダーへと視線を向ける。  クリスマスの暖かな光に包まれる街の真ん中に移動遊園地のメリーゴーランドが写っている。 「……遊園地なんていつぶりだろう」  去年の今頃はお互い高校受験を控えて、あまり会えなかったことを思い出す。  クラスの雰囲気が受験へと向かって張り詰めていくのに従って、大和は俺と距離を取り始めた。始めは塾に通い始めたせいで時間が合わなくなったのかと思ったが、学校ですれ違ってもどこかぎこちなく会話を切り上げられていることに気づき、あぁこれは俺を避けているんだな、と気づいてしまった。気づいていないフリでもして、話しかけ続ければよかったのかもしれないが、あの頃の俺にそんなことはできなかった。ただ、寂しくて、悲しくて、悔しくて、自分でもどうにもできない気持ちばかりを抱えて、大和に腹を立てることしかできなかった。それからは俺もうまく話しかけられなくなって、クラスが違うのもあって話すどころか会うこともなくなっていた。  それでも、俺はどこかでまた元に戻れると、戻りたいと願っていたのだろう。  大和の誕生日だけは——毎年欠かさず会ってきたこの日だけは、と祈るような気持ちで俺は大和の家を訪ねたのだ。      *  今日は久しぶりに学校で大和とすれ違った。  目があったから、今なら、今日なら、と思って口を開きかけた。  だけど、大和は俺が何か話し出す前に「塾だから」と言って走って行ってしまった。  俺はその背中を振り返ることもできなかった。  なんでこうなってしまったのだろう、と唇を噛み締める。  コートのポケットの中、それでも捨てられずに握りしめると薄い紙の包みが小さな音を立てた。  通い慣れた道を白い息を吐き出しながら、歩き続ける。  見上げた空には星が見える。  外灯の光が静かに降り積もる雪を照らし出す。  前に雪が降った時は、積もるのが待ちきれず大和と二人で外に飛び出したんだよな。  一人分の息が夜の中に消えていく。  紺色の傘に落ちる雪の音を聞きながら、足元に注意しつつ視線を前に向ける。  学校からまっすぐに向かうこともできた。  大和のお母さんに渡して、それで終わりにすることもできた。  でも、塾だって大和が言ったから。  それがいつもと変わらない会話の終わらせ方の一つだったのだとしても、今日だけは別の意味を探したかった。「塾だから」——会えるのはそのあとになるって。その頃に来てって、勝手に解釈したくなったのだ。 「……」  手袋の上から息を吹きかけ、押し慣れたインターフォンへと指を伸ばす。  ドアを開けてくれたのは、大和のお母さんだった。 「伊織くん。入って、入って。寒かったでしょう」 「あ、」  二階の窓へと向けた俺の視線に気づくと、「ごめんね。大和、部屋にいるから」と困ったように笑ってくれたので、俺は大和が出て来てくれなかったことに傷ついている心を隠して「お邪魔します」と笑って返した。  いい加減、文句の一つでも言ってやらないと気が済まなかった。  それなのに——扉の前に立っていた大和の顔に、一瞬にして俺の戦意は喪失したのだ。 「う、うわぁぁ、あぁ、……伊織ぃ……」  俺は15センチも身長差がある大和に泣きつかれ、ため息をつきながらぎこちなくその大きな背中を叩いてやった。 「あぁ、もう。なんでも聞いてやるから」 「伊織、俺、もう……」  そうやって泣きながら吐き出された大和の本音は、俺を呆れさせもしたが、俺たちの関係は元に戻れるのだと安心させてもくれた。  そして、掠れてしまった声で大和が最後に呟いたのは——「……受験じゃなかったら、伊織と遊園地行きたかったのに」という言葉だった。      *  その言葉を律儀にも憶えていた俺は、今年の誕生日プレゼントに遊園地のチケットを選んだ。買ってすぐはこれ以上のプレゼントはないんじゃないかとテンションが上がったものの、家に帰って来て冷静になってみると……どうだろう?と不安になってきてしまった。  一年前のあの言葉は、受験のストレスで何も考えられなくなった大和が思いつくままに言ってしまっただけで、受験生でなくなった一年後の「今」の大和が果たして喜んでくれるのだろうか? 「なんで、俺、こんなに記憶力いいんだろう」  それでも、もう買ってしまったのだ。  これを渡した時、大和はどんな表情(かお)を見せるだろう。  早く見たいような、見るのが怖いような、なんとも言えない不安定な心地に俺は枕に顔を埋めて再び「うーん」と唸ってしまった。

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