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第3話 秘密の土曜日・12

「なぁ、中華そば作ってやるけど。冷蔵庫の材料勝手に使っていいのか?」  翌日の昼。俺は炎樽の家の台所で奴隷と化していた。 「人参は入れるなよ。デザートは杏仁豆腐。作ったら夕飯の買い物。もちろん、食器を全部洗った後でな。マカにはおにぎり。それから風呂掃除も」  これは炎樽の旦那としての修行ではなく、単純に昨日俺がしでかしたことへの罰だ。マカロが無罪なのは気に食わないが、あんなに良い目を見させてもらったのだからこれくらいは文句言わずにやってやる。 「……ん」  野菜を刻んでいたらシャッター音がして、振り向くと炎樽が仏頂面で俺にスマホを向けていた。 「同棲第一日目の記念写真か? それとも未来の旦那の高校時代の撮影か? どんどん撮れよ」 「違う。学園最強の喧嘩番長が、一般生徒の昼飯を作らされているの図」 「………」 「後で拡散するわ。他校にも出回るようにしとく」 「ふ、ふざけんなっ……」 「あはは。炎樽と同棲しても絶対尻に敷かれるな、天和!」 「うるせえっ、炎樽、スマホ寄越せ!」  舌を出して俺から逃げる炎樽。思わぬ復讐をされたが……こいつはまだ気付いていない。俺に何かすればするほど、今夜再び俺からの報復が行くということに。  そしてまた翌日炎樽からの復讐を受けることになるだろうが、そうしたらまた月曜に報復すればいい。無制限、無限勝負、いたちごっこの堂々巡り。きっとそれが恋ってモンだ。  ……違うか?  *  翌日──朝のホームルーム前。 「天和、何かこの週末で顔の形変わったなぁ」 「うるせえ。名誉の負傷ってやつだ」 「天和って、Mなの?」 「捻り潰すぞ」 「はむはむ」  俺の頭の上に隠れながら、マカロが草食動物のように髪を食んでくる。 「炎樽の言いつけで今日は天和の見張りしてるけど、天和の周りって人少なくてつまんねえなぁ。何か起きればいいのに」 「充分起きてる。今朝は俺の顔に痣ができてるからって、週末にやくざとやり合ったとかクラスの連中に言われてんだぞ」 「だから皆、天和のことチラチラ見てるんだ」 「ムカつく……全員ぶっ倒すか」 「また炎樽に嫌われるよ」  喧しい教室で一人、ポケットに両手を突っ込んで椅子に座る俺。周りから見れば俺はぶつぶつと独り言を言っているように見えるだろう。機嫌の悪い証と取ってもらえればそれでいい。今は誰にも話しかけられたくない。 「っ……」 「……どうした、マカ」 「な、何か今……変な感じした。ぞわって、した」 「あ?」  俺の頭の上で身を伏せたマカロが小刻みに震えている。頭頂部がくすぐったくて堪らずその体を掴むと、開いた手の中でマカロが俺の指にしがみ付きながら強く目を閉じていた。 「どうしたよ」 「……廊下の方、誰かこっち見てないか?」 「………」  何気なく視線を廊下へ向けると、出入り口の扉の窓から知らない男の顔が覗いていた。 「確かにこっち見てる奴いるけど。制服じゃねえから教師かもな。やたら若いけど」  どんな見た目をしているかとマカロに囁かれ、見える範囲で男の様子を説明する。 「ストレートの髪で明るめの茶髪。女に好かれそうな優男風でタレ目の美形。左側の唇の下にホクロ。……こっち見てるわ。笑ってるぞ」 「……間違いない。サバラだ」 「誰だよ?」 「……俺の幼馴染。意地悪サバラ」 「………」  こちらを見ている男のニヤけた笑みは、明らかに俺ではなく手の中のマカロに向けられていた。

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