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第7話 体育祭バーニング!・4
正直いってこれだけの人数が集まると、自分達が参加する種目以外はただの雑談やゲームや軽食の時間となる。特に同じ色の組を応援することもないし、知ってる奴が出てれば「頑張れー」と声をかけるくらいだ。
俺の周りでは早くもハチマキが遊び道具にされていた。三年生の観客席では、個人種目の時だけ目の色を変えて賭けの行方を見守っているが、基本的に皆だらけているのが見える。体育着はお揃いなのに、頭髪は色とりどりだ。髪の色だけは普通の天和や彰良先輩がどこにいるのか、ここからでは遠過ぎて見えない。
転んで負傷した生徒が実行委員に支えられて救護室に入って行く。マカロがいるから大丈夫だとは思う──というより、意外にもサバラは真剣な顔できちんと自分の仕事をしているらしかった。アリーナの端っこで生徒の脚にスプレーをかけたりテープを貼っているその姿は、真面目な保健の先生って感じだ。
「百メートル走に参加する生徒はアリーナへ集まってください」
やっと俺の番が来たらしい。
「炎樽、頑張れ!」
「応援してやるからな!」
クラスメイトの声援を受けながら意気揚々とアリーナへ降りて行くと、突然三年生側の観客席が沸きに沸いた。
「比良坂炎樽! ぜってえ勝てよお前!」
「一位じゃなかったら覚悟しとけ!」
「………」
──怖い。
しばらくしてピタリとその声が止んだから、恐らく天和が何か言ったのだろう。恐怖の緊張が勝負の緊張へ変わって行くのを確かめながら、俺はハチマキを巻き直す。
「炎樽くん、頑張って!」
どこからか彰良先輩の声がして、俺ははっと顔を上げた。今しがた自分の種目を終わらせて少し汗をかいた彰良先輩が、観客席へ続く階段を上がりながら俺に手を振っている。
「が、頑張りますっ!」
飛び跳ねてそれに応えた俺は、どうか転びませんようにと小さく祈って目を閉じた。
「位置について、よーい……」
乾いたピストルの音が響くと同時に床を蹴る──この瞬間が大好きだ。
「炎樽、凄かった! 早かった! ぶっちぎり!」
「へへ、ありがとうマカ」
昼食は体育館内であればどこで食べても問題ないため、観客席ではなく広い通路の端っこに座って食べることにした。ここなら柱の陰になってマカロの姿もバレないだろうし、トイレや自販機からも離れているからそもそも人があまり来ない。
「天和、こっち来れないかな……せっかく炎樽がおにぎり作ったのに」
「一年に囲まれてたからな。ていうか、奴が来たらもれなく一年連中もこっちに来ることになるだろ」
今頃はきっと観客席で王のようにふんぞり返って、一年生からの差し入れで腹を満たしていることだろう。
……別にいいけど。
「天和のビーチフラッグも凄かった!」
「ああ、そうだな。あいつの反射神経は人間離れしてるから……」
「よう、比良坂炎樽。ぼっち飯か?」
「っ……」
おにぎりを手にしたまま視線を上げた先には、どういう訳かいつも俺を追い回している三年連中がいた。数は五人。もちろん全員知っている顔だ。
「……何か用ですか」
俺は咄嗟にマカロをタオルで隠し、五人を見上げて低く言った。
「別に、通りかかったらお前が見えたからよ。せっかくのイベントに合わせてお前をトイレにでもぶち込もうかと思ったけど、……」
「何か今日のお前、全っ然そそらねえんだよなぁ」
「見た目は変わってねえけど、何かエロくねえし」
「………」
夢魔印のパンツのお陰だ。思わず安堵したけれど、見るからに不良という風貌の三年生に囲まれているこの状況は、正直……怖い。
「あの、用がないなら……」
「ていうか、一人でこんなに食うのか?」
床に広げた幾つもの弁当箱には、俺とマカロと、念のために天和の分も作ってきたおにぎりや唐揚げや果物がぎっしりと詰まっている。確かに俺だけでは食べきれない量だし、大食いの天和がいないのではだいぶ残ってしまうだろう。マカロのおにぎり愛も、満腹には勝てない。
「………」
体育祭というイベントに少しだけわくわくして、少し張り切り過ぎてしまって、早起きまでしておにぎりを作ってしまった。昼食の約束なんてしていないのに、言わなくても天和は来てくれるだろうなんて思ってしまっていた。
恥ずかしくて、そんな自分が情けない。
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