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再来

再来 あれから何時間経ったのかは分からない。目が覚めると俺は圭吾のベッドで寝ていて、体は綺麗になっていた。腰の痛みやだるさが残っていて、あの時の行為が脳裏を過った。自らの額に手を当てて落ち着こうとしたが、思い出したくもない光景が鮮明に甦るばかりだった。 「気持ち悪い…。」 掠れた声に吐き気がした。汚れたこの体や、馬鹿みたいに未だに圭吾を嫌いになれない俺に。はっとして辺りを見渡したが圭吾の姿はない。俺は腰の痛みを我慢しながら、ゆっくりと立ち上がった。早くこの家から出ていきたくて仕方ない、気持ちが押しつぶされそうになる。きっと、また泣いてしまう。 「痛…っ。」 俺は階段を一段、一段ゆっくりと下りて、やっとの思いで玄関にたどり着いた。 圭吾は何処へ行ったのだろうか。圭吾の顔を見ずに済んで幸いだったかもしれない…もしも見ていたら、どうなっていたんだろう…。 今日は精神的に限界だった。月曜日に圭吾と会う時は立ち直っているだろうか。好きな気持ちは残っているけれど、他人にモノを貸すように扱われて平気なふりが出来る人間なんていない、と思う。 何を考えて圭吾はこの行為を行ったのかは分からない。家から出ると薄暗くなっていて、ずいぶん時間が経っていると推測された。俺は帰宅してからは食事も取らずに布団に潜り込んで、泣き続けた。涙は何時間経っても止まらず、体中の水分が全部出てしまうかと思うくらいだった。そして、いつの間にか眠っていた。 「…っ」 目が覚めて最初に思ったのは喉の渇き。次に思ったのは目の痛み。それに体がだるいし汗が気持ち悪い。発熱しているらしく、具合がだいぶ悪い。きっと酷い顔になっているに違いない。今日は日曜日だから、学校の心配はいらない。ベッドの横を見ると母さんが心配してくれたのか、スポーツドリンクが置いてあり、額には冷えピタが貼ってあった。 枕元に置いていた携帯が赤いランプを点滅していた。昨日から放置しているため、何件かメールが受信しているのだと思う。その大半はメルマガで、すぐに削除してしまう。携帯を開くと一件だけ、メルマガではないメールを受信していた。画面に表示された名前に思わず固まった。 『江藤 弘明』 今は出来れば思い出したくなかった名前だった。江藤の事とは知り合いではないため、連絡先は知らない、俺が気絶している間に登録されたらしい。 江藤は噂であまり良いことを聞かない。噂の大半は誰かの彼女を寝取ったとか、複数の彼女がいると言ったものだ。二度と関わりたくもないが、意味なく連絡が来るとは思えなかった。俺は震える手を抑えながら、メールを開く。 「なんだよ、これ…。」 そこに添付されていたのは全裸で気絶した俺の姿。そして、メールには電話番号らしき数字があるだけだった。 電話しろという事だろう…正直、もう関わりたくない。これはきっと脅しで、江藤は本当にこの写真をばら撒くだろう。電話をかけると何コール目かに江藤の声が聞こえた。 『もしもしー坂下?』 「何が目的だ?」 江藤の声を遮るように言葉を発した。すると電話越しに笑いを堪えるような声が聞こえてきた。真面目に話している分、苛立ちが増す。 「何がおかしいんだよ……」 『はは、坂下って面白いよなー…今から迎えに行くから待ってろよ。』 江藤はそう言うと一方的に電話を切られた。 そもそも、なぜ江藤は俺の家を知っているんだ。数十分後には江藤はこの家に着いてしまうだろう。どうにもならないと思った。逃げることも、抵抗することも、何一つ許されない。俺にできることは着替えて、会う準備をするだけだ。 30分後にチャイムが鳴り、俺は母さんが出る前に玄関のドアを開けた。鳴らしている人物は既に誰かわかっていたため気が進まない、けれど江藤を家に入れたくないという思いがあったため急いでドアを開けた。玄関に立つ江藤はただ、笑みを浮かべるだけで不気味で仕方ない。 「そんなに警戒しないでよ。」 江藤は俺の手を掴むと玄関から引っ張り出した。突然の事にバランスを崩し、江藤の胸元に飛び込むような形になった。江藤の香水の匂いが体を包んで、咄嗟に離れた。そんな俺を見て江藤は残念と言って笑っていた。今から出かけるらしい。もともと江藤を家に入れるつもりはなかったため、母さんに出かける事を予め伝えておいて良かったと思った。まだ少し熱が残っていたため、心配させてしまった事に胸が痛んだ。

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