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翌る朝(9)
「桜木、は? 昨日のさえ子という人は?」
隆人が遥の目をのぞく。
「本邸では加賀谷本家の人間の世話と鳳凰の世話は別のものとして扱われる。現在、本邸での鳳である俺と凰であるお前の世話は本来この二人だけに許されたことだ」
遥は首を捻りつつも、黙って隆人の言葉を聞く。
「ただし昨夜は特殊な行事が夜間にあってな、昨夜に限って桜谷であるさえ子にお前の世話と護衛を任せた。
今は披露目が終わったので、桜谷・滝川の男たちが護衛に動けるようになった。
一方披露目司と同様、披露目に責任を負う碧たちも通常の任に戻ってきた。これが本来の体制だ」
わかったようなわからないような答えだ。遥には明らかに基礎的な加賀谷家の知識が不足している。
「じゃあ、桜木さ――」
隆人ににらまれ、慌てて言葉を止めて、替える。
「今朝来ていたじゃないか」
碧と紫が素早く目を見交わしたのがわかった。隆人は苦笑している。
「あれは俺の独断だ。本来は正式な手続きを経なくては入れられないが、お前を安心させるために、俊介だけここへ入ることを赦した」
はっとした。桜木の「特別に赦しを賜った」とはそう言うことだったのか?
「碧は承知だが、紫には言っていなかったな」
「鳳様の仰せでございますれば、我らに不服などございません。まして俊介は長く凰様の御用を務め、信頼の厚いことこの上なしとうかがっております。凰様のためにお呼びになるのは当然のことと存じます」
碧はにこっと遥に微笑みかけてきた。
隆人が碧の言葉に続けた。
「それからお前にはあらかじめ話しておく。俊介は今日の墓参をもってしばらくお前の世話係から外す」
「え?」
「湊の他に、桜木本家以外の五人をお前につける。わかったな」
何か言い返したかった。碧の言うとおり初めからずっと側にいたのは桜木だ。良くも悪くも遥のすべてを知っている。それを取り上げられるのは、何だか心許ない。
しかし、桜木俊介はもともと隆人のものだ。さきほどのあのやりとりを見れば明らかだ。
「何もずっとというわけではない。用が済めば戻してやる」
「わかってる。俺に文句を言う権利ないからな」
立ち上がった隆人が遥の頭にぽんぽんと手を置いた。
「湊にしろ他の桜木にしろ、俊介の薫陶が行き届いているから安心しろ。さ、食事をすませてしまえ」
傍らの隆人を見上げる。思いがけず不安がもたげている。
「朝食は食べないのか」
「片づけなければならない用事があるから、表に戻る。ああ、本邸の構造のこともいずれ教えてやらなくてはならないな」
頬を撫でられた。
「安心しろ。墓参に出かけるときは一緒だ。それまでは自由にしていい。何か用があったら、このふたりに言え」
まじまじと隆人の顔を見上げた。それから目を伏せる。
気分が少し沈んでいる。置いて行かれることが怖い。怯える必要などないはずなのに、心が乱れてしまう。
「そんな顔をするな」
苦笑を浮かべた隆人の両手に遥の頬は包まれた。そっと唇に隆人の温もりがともる。それだけのことで緊張した心と体が、わずかだがほどける気がした。
「墓所では長く歩くことになる。しっかり食べておけ」
「わかった」
隆人が出て行った。その背を遥は見送らずにはいられなかった。
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