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在りし日の彼を思う。

「花火見るぞー」 誠一さんの言葉に皆が動きを止めた。 就業間際にのっそりと戻ってきた誠一さん。彼はいつでもいきなりだ。 飲み会にしてもいついつやります、ではなく、常に今日これから。 ここにいる皆が気付いているかどうかはわからないけど、いつもいきなりなのは誠一さんが皆をよく見ているから。 仕事でいい事があった、飲むぞー。 仕事でミスをした、飲むぞー。 喜んだり凹んだ顔をしている誰かがいればその場で飲み会が決まる。 もちろん家庭のある泰生さんと私は行けない時もあるけど、なるべくなら参加したい。 隣の泰生さんが慌ててスマホで奥さんに連絡をし始めた。 家族で花火大会に行く約束をしていた泰生さんが申し訳なさそうに誠一さんや皆に頭を下げている。 いきなりだ、予定があるのも当然。皆が笑顔で了承している。 皆で申し訳なさそうに残念そうにも帰る泰生さんを見送ってそのまま会社ビル一階のコンビニに買い物に向かう。 1番にカゴを手に取るのは侑司くん。 一人でふら〜っと歩いていく遥くんの後を慌てて追って行った。 「響子さん、お酒どれにします?」 カゴを持った真由ちゃんが私を見上げ笑う。 可愛い笑みに笑みを返し酒売り場に一緒に向かう。 社員5人に飲んだくれの社長のいる小さな会社。 大手に比べたらお給料も福利厚生もお話しにならないだろう。 それでもこの会社が続く限りここで働きたい。 誰も口には出さないけれど、皆が同じ思いでいるような気がする。

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