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在りし日の彼を思う。

長い、長い時間が流れた。 座り続けた面接室の安く硬い椅子のせいでとっくにお尻の感覚はない。 それでも微動だに出来なかった。 まるで昔々のおとぎ話を話すように温度を感じない彼の声。 でもその薄い血色のない唇から途切れ途切れに話される内容はとてつもなく重く、誠一さんも私もただ息をして彼の話を聞くだけだった。 終わりの見えない彼の話を聞いている間、二度ほど真由ちゃんが完璧に存在を消したままお茶を出してくれたが、やはり彼は手をつけなかった。 誠一さんが面接室のエアコンを切る。 季節は八月。 寒いなんてことがある訳がない。 ないのに、寒くて堪らず、真由ちゃんが出してくれた温かいコーヒーの入ったカップで冷えた手を温めた。 怒り、戸惑い、嘆き、そして大きな喪失感。 笑えばきっと周りの空気さえ変えてしまうだろう彼をアンドロイドにしてしまった悲しく辛い話は衝撃的で、でも彼は裏切った婚約者でもなくパワハラ上司でもなく、自分を責めているように思えた。 誠一さんが席を立つ。 面接室のドアを開ける。 「真由、古手川呼んで」 「はいっ」 やはりか。 誠一さんが同席すると言った時から思っていた。 彼はきっとこのアンドロイドのような彼のために動くんだ、と。 古手川治。 誠一さんの大学からの同級生で、うちの顧問弁護士だ。 おさむなんて弁護士にぴったりだろう、そう言って笑う誠一さんに、苦虫を噛み潰すような表情で誠一さんを睨む古手川さん。 数年前、悪質なパワハラを受けていた私を救ってくれたのもやはり彼らだった。

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