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在りし日の彼を思う。
誠一さんと古手川さんが一緒だと事態が一気に動く。
自分の時には気付きもできなかった二人の効率的で合理的、でも確実に相手を追い詰めるやり方は味方で良かったと改めて思えるほどだった。
スーツを脱ぎ普段着になったアンドロイドの彼は何度も何度も会社にやってきては面接室で長い事誠一さん、古手川さんと話す日々が続いた。
古手川さんが来られない時は私か泰生さん、真由ちゃんの誰か一人が誠一さんに付き添いボイスレコーダーで録音しながら彼の話を一緒に聞いた。
驚くことに彼は、婚約者のことも上司のことも悪く言うことはなかった。
まだなにか隠しているか、話せないことがある。
でもそれを今の彼に話せというのはあまりにも酷だと感じた。
誠一さんや古手川さんの言われるままに携帯電話を変え、会社を無事に退職出来、新たな引っ越し先に引っ越し、それを知られないように住所閲覧制限手続きを坦々と進めた。
と、同時に婚約者との婚約破棄の手続きも古手川さんは粛々と進め、だいたいの手続きが終わったのは彼が初めて会社に訪れてから半年は過ぎていた。
その間、収入がないと困るだろうと誠一さんは事務所で真由ちゃんのサポートとして事務の手伝いをさせ、事態が段々と落ち着くのに比例するようにアンドロイドだった彼の表情に血が通うようになった。
会社とのいざこざはすぐに片がついたが、婚約者との問題は意外に時間がかかり、遥くんが仮契約をしてから半年、初めてここを訪れてから役一年が過ぎようとしていた。
珍しく二人きりだった事務所で、ある日真由ちゃんが私の席までやってきて呟くように言った。
「遥さん、この後どうするんでしょう……
辞めてしまうんでしょうか」
その言葉に唇を噛んだ。
私達の中では彼はもうとっくに仲間だった。
電話の音にびくつく彼のため、皆が我先にと電話を取るようになった。
最近になってもう大丈夫ですと微かに笑う彼に皆が胸を撫で下ろしたっけ。
細く倒れそうだった彼に少しでも何かを口にするきっかけをと、おやつの時間が出来た。
彼がチョコレート好きだとわかった途端、誠一さんと泰生さんは外回りのついでだと言い、わざわざ郊外にあるケーキ屋さんから美味しいと評判のケーキやらクッキーやらを買ってきては頬を緩ませながら食べる彼を皆で見届けた。
ここでこのまま働きたい。
彼の口からその言葉がぽろっとでもいい、聞けたら。
いつしかそれを願うようにまでなっていた自分に驚いた。
弱く、儚げに見えた彼。
でも彼が誰も責めないのは自分の弱さや脆さを責めているからなんじゃないかと思っていた。
それが彼の最大の強さとも思いながら。
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