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賑やかな月。
ふと気付くと紀の姿がなく、玄関が騒がしい。
客でもないのに出迎えるまでもない。
居間の座椅子に座りこんだままでいると、侑司の元気な声が聞こえた。
「お父さん、ただいま」
「誰がお父さんだ」
「まだそれ言うんですか」
困った顔の侑司の後ろに呆れ顔の遥が見えた。
「遥さんのご両親は俺の両親です」
まるで春の太陽みたいに笑う侑司。いつも真正面から見られないおれはこの先も恐らく変わらないだろう。
「今日は何の用できたんだ。お前たちが来ると紀がバタバタして落ち着かん!」
思わず強くなってしまった語尾に遥が眉を寄せた。
いつも、いつまでもこうだ。
きっとおれは父親には向いてないんだろう。
今更気付いたところで何もかも遅いが。
「忙しそうにしてる紀さんを手伝うことができない自分に怒ってるんですか?正さん相変わらずですね」
ね?と笑いながら侑司が遥を振り返る。
ホッとしたように表情を緩ませる遥を見て侑司がまた笑う。
紀が声をかけ二人は紀の所に行ってしまった。
調子が狂う……
過去は変えられない。
だが、侑司を知るたびに思う。
あの時侑司がいたらおれたちは、遥は、あれほど傷つくことはなかったんだろう、と。
侑司が遥を愛して止まなければ、きっとおれたちは未だお互いを忘れようとするように生きていたんだろう、とも。
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