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賑やかな月。
紀の、遥と侑司の笑い話す声がする。
夫婦二人で暮らす静かな家に、またこうして笑い声がすることがあるとは長い間思えなかった。
薫は気の強そうな嫁を貰い、すっかり尻にしかれているが、子供も出来幸せそうだ。
華さんのおかげか、あいつらも帰ってくることが増えた。
おれを怖がりもせず知らぬ間に膝に乗って勝手に遊ぶ結《ゆい》は華さんに似て逞しく育ちそうだ。
よたよたと立ち上がり歩く練習に勤しむ航《こう》がじいじ、ばあばと口にするのももうすぐか。
結婚して子供を設ける。
それが当たり前の人生だと思ってきた。
それをしないことは、それができないのは本人に努力が足りないからだとも思ってきた。
家族ではない、違う環境で生きてきた誰かと思い合う。
その幸せをどんな形であれ手にした遥は……もう心配しなくても大丈夫だろう。
死んでしまいそうなほど辛い時にも親を頼って来なかった強くも弱い次男坊。
言い訳すらせずに元婚約者のこともその両親のことも、そしておれたちのことも誰も責めなかった。
そんなことでこの先生きていけるのか、とあまりの不器用さや不甲斐なさに憤り、頼ってこないならと跳ね除けた。
親ができることなんか少しだけだ。
親らしいことをおれは特に何もしてこれなかった。
仕事仕事と、運動会や誕生日すら一緒にいられたことは極僅かだ。
背中を見て育て、そう思い胡座をかいてきた自分をどれほど悔やんでも簡単に自分は変えられやしない。
だからせめて……せめてこれからはあの二人を否定せずに認めてやりたい。
木漏れ日の届く温かな縁側に寝転ぶような、あの優しく眩しい笑みで遥を満たしてやる侑司と、
肩肘張って頑張ってきた遥が侑司の温かさに包まれほっと息をつけるなら。
二人を見守る、親らしいことを何も出来ずにきた出来損ないの父親ができる唯一のことだ。
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