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月が綺麗な夜に。

ロックを解除して事務所に入る。 ひやりとした空気の流れにベランダの方を見ると、ベランダに遥くんと侑司くんがいた。 もしかして待っていてくれたのか。 こうして遅くなった時は、響子さんだったり、真由ちゃんだったり、いつも必ず誰かが帰りを待っていてくれる。 今日は遥くんと侑司くんなのか。 そのわりには僕に気付いてないようだけど。 自分の席で持ち帰らない書類を鞄から出していると、ふわりと柔らかい風と共に二人の会話が聞こえた。 「月が、、、綺麗だな」 「はい。……一緒に、でいいんなら『死んでもいいわ』です」 「……一緒に?」 「遥さんを、一人になって嘆き苦しむ遥さんを空から見てるなんて無理です。だから、自然に逝く以外は一緒に連れていきます」 そんなことは起きませんけどね。 そう言って笑う侑司くんに遥くんが寄り添う。 ……なんて素敵な夜だろう。 なんてロマンチックな月の演出なんだろう。 満月でもない今夜、どれだけの人が月を見上げ、愛を伝えているんだろう。 そう想像するだけで僕まで幸せのお裾分けをもらったみたいに心がぽかぽかする。 「二人とも、あんまり夜風に当たると風邪引くよ」 僕の声に隙間なくくっつけていた距離を開け振り向いた二人はいつもの笑顔を僕に向けた。 「泰生さん、お帰りなさい」 「お疲れ様です」 「帰ろうか」 はい、と頷いた二人を先に出し、事務所のドアにロックをかける。 早く帰ろう。 帰って妻に月が綺麗だねって言おう。 きっと、付き合い始めの頃のような、 可愛い笑顔で妻は答えてくれる。 「ね?言った通りでしょ?」って。

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