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※誰にも渡さない。
通常業務をこなしながらの引っ越しは少しずつだが進んでいった。
柏木も遥さんが俺をパートナーだと伝えて以来ざわつくような顔はしなくなった。
今月末には引っ越しを終え、一週間事務所を閉め準備を整え、新規オープンする。
誠一さんと泰生さんはいつもよりさらに忙しなく出掛け挨拶回りに余念がなく、
響子さんも加わった事務所片付けチームは毎日腕まくりで梱包作業に明け暮れた。
引っ越し業者の完璧な仕事のおかげで空っぽになった事務所。
その掃除を遥さんと二人で買って出た。
何もなくなるとこれほど広かったのか。
それぞれのデスクの足の跡。
たくさんのファイルを並べていた棚があったことを知らせる床の焼け。
真由ちゃんに叱られながらも何度も換気扇の下で煙草を吸っていた誠一さんが残した焼き焦げがある給湯室。
ソファセットが置かれていた右奥。あそこで何度も何度も色んな仕事を教わった。
何人もの登録者を迎えた面談室。
俺の人生はあの夜、変なおっさんにナンパされたことで変わった。
ここで遥さんと出逢った。
ここでこの人に恋をした。
生涯終わることのない恋を。
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