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「ショウ、これ覚えてる?」
時間も酒も進み、俺が取り出してきたのは木刀だ。
その柄のど真ん中には、俺の名前である『彰』の一字が幅のいっぱいまで使って大きく彫られている。
「昨日掃除してたら偶然見つけたんだ。懐かしくて引っ張り出した」
これは、嘘だ。
この木刀はずっとクローゼットの隅に定位置を決めて保管している。埃なんて一度も被ったことが無い。
「えー?んおー!うわー!?にゃつかひぃーなー!?」
強くないくせに飲みすぎるせいで、次々に缶を開け飲み干していた彼はまさしく酔っ払いのそれだ。呂律も回ってない。
でも今日は、わざと止めていない。
こいつが酒を自制出来ないのは俺の前でだけ。その事実に驕りたかった。
「だろ。……ショウのはもう捨てちまった?」
俺の木刀と、全く同じ位置と大きさで彼の名の『翔』の一字を彫った木刀がこの世には存在する。
中学の修学旅行先の京都で二人で一緒に買ったものだ。
当時はかっこよく見えたものだが、今見てみると文字が大きすぎて結構ダサく感じる。
「んーまっさかぁ~。ちゃんとねー。実家に取っておいれありましゃーよ。アキちゃんとおそろっち木刀らもんれ~」
その返事は確かに嬉しかったのに、捨てておいてくれればいいのにとも思ってしまった。
俺は上京した時も引っ越した時もこいつを肌身離さず、10年以上ずっと一緒に連れ回しているよ。
なんて言ったらお前はどんな顔をするだろう。言わないけど。
「……アキねえ、体育祭覚えれる?」
「いつの?高3のとき教頭がヅラ落としたのショウが実況したやつ?」
「アハハハ!そー!そーそー!まじあれ爆笑鉄板なのにわかるのアキしかいね~んらよ!俺の人生で一番笑っらのに!」
「あとあれっしょ、康太 がフラれて身投げバンジーのやつだろ」
「うっわ!コーちゃん!そう!あれも超好き!」
「あとショウが初めてテキーラ飲んだときなぜか俺に泣きながら電話してきたのも面白かったなー」
「だー!アキちゃん!それは!面白くないやつ!却下れーす!」
一度火が付くと、思い出話がどんどん溢れる。
子どもの頃からつい先月のことまで話題はいくらでも尽きない。
失敗話や楽しかった話。沢山、二人で過ごしたかけがえのない出来事――。
「……しょーじきぃ、サヤとぉーとはあ、俺も思わなかっらんよなー」
でもやっぱり、どうしても最後は『あの話』にシフトする。
そりゃあそうだ。だって今日は結婚式の前日なんだから。
俺たちだけの話題で潰すなんて野暮に決まっている。そんなのって友達らしくない、んだ。
「へぇ。そうなの?」
「らあってサヤぁ、初対面から生意気れーさー、見た目ちょーギャルのくせにぃ、れも仕事できるしなんだこいつーみたいなぁ。んまあ年下らったってのもあるけろお~」
こいつが惚気を話すときの顔は、かわいいと思う。表情は締まりがなくだらしなくてついでに腕や身体も投げ出す始末。
その相手が俺ならいいのに。
俺のことを話すときも、そんな顔してくれたらいいのに。
忘れたかった嫉妬心が顔を出す。こんなこと考えるだけ無意味なのに。
わかってるフリしても、幸せそうに妻のことを話す姿に胸が締め付けられる思いだった。
それでも俺は……友達だから。
「ショウ。紗耶香ちゃんと仲良くな」
「……うん」
「んで、たまには俺とも遊んで」
「……」
「ショウ?」
「……あのさ、彰。……今まで、ありがろうな」
俺は。ショウを、殺すと決めたのに。
なんで今そんなこと言うんだ。
「……やめろよ。改まって気持ち悪りぃな。こういうときこそアキって呼べ」
「いあ~、気持ち的にぃ…」
「だーめ。普通でいんだよ。俺がアキ、お前がショウで、さ…30年やってんだろ俺ら。勝手に変えんなっつの。彰とか呼ばれ慣れなさすぎてキモい」
「んー!じゃあ、アキ!」
「……。はーい」
「これからもぉ、俺は不束者ですらぁ、よろっくお願いしむぁーす!」
「おう。ほれもっと飲めこの酔っ払い」
「ズビッ……う〜…!あきらぁ、お前ってやつぁ〜良い奴だぁ〜!」
「あきらやめろ木村」
「う~木村じゃないも~ん、おれショウらもん……」
ぐずぐずと泣きと眠りモードの入ってきた酔っ払いに、新しい缶を渡す。
俺は一人で台所に向かった。
ショウの存在はもうすぐ消える。
「ア〜キ~…?どぉこ行っらぁ……」
「……今行くよ」
俺は包丁を手に取り、キッチンを後にした。
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