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2nd αとβ、そしてΩと。

こわい.....!! 助けて.....!! この目.....俺を、襲ってくる人は必ずこんな目をしてる....。 鋭く、血走ってて、まるで獣みたいに。 強い動物が、弱い動物を捕食するかのような.....。 狼が、群れの弱者を制圧するかのような.....。 そして、決まって俺にこう言う。 「お前の匂いに誘われた.......お前が悪い。お前がオメガだから......」 好きで、オメガなわけじゃない。 別に、好きで誘ってるわけでもない。 抑制剤だって飲んでる、ピルだって。 外出だってあんまりしないんだ。 惹きつけないように、いつも努力をしてるんだ、俺だって。 勝手に.......勝手に.......匂いを嗅ぎつけて、襲ってくるんじゃないか、アルファが! 気持ちは拒否してる......。 拒否してるのに......体が、アルファを拒まない。 だから、心と体のバランスが取れなくて、助けを呼びたくても声がでない。 苦しくて、涙が出てくる。 抵抗できないから......。 アルファの手が、俺の太腿に伸びてくる.......。 やだ......いやだ.......。 助けて.....! 助けて.....シ、オ......ン! ✴︎ 毎朝、6時に目覚まし時計が鳴る。 その音すら夢の彼方に聞こえてしまう。 ....あぁ、もうちょっと寝ていたい。 右手で目覚まし時計を探す。 「起きろ!起きろ!」と急かすように、なかなか止まらない音。 それと反比例する眠気。 ....あぁ、起きなきゃ....。 朝になると重たくなる体を無理矢理引きずり、回転しない頭を持ち上げて、いつものように顔を洗って、いつものように朝ごはんを食べる。 いつものように歯磨きをして、いつものように 制服に着替えて、いつものように学校に行く。 そんな平凡な俺の毎日が始まる。 いつものように同じ時間のバスに乗ろうと、バス停まで歩いていると、同じ制服を着た見たこともない生徒が前を歩いていた。 いつもと違う。 その生徒の髪は、ダークレッドで普通に歩いていてもかなり目立っている。 俺は、そのままその生徒の横を追い越そうと歩数を速めた。 「奏音」 突然名前を呼ばれて、びっくりして振り返る。 ダークレッドの髪の生徒が、俺を見て微笑んだ。 「奏音。やっと見つけた、俺のオメガ」 〝なんで、俺の名前を知ってんだ!? なんで、俺がオメガだって知ってんだ!?〟 と思った瞬間、頭がグラッとして景色が回った。 相変わらずそいつは、俺を見たまま微笑んでいる。 〝誰だよ、お前....〟 そのまま視界が真っ暗になった。 「奏音!奏音!大丈夫?」 聞き慣れた声がした。 目を開けると、幼馴染の雅水が心配そうに俺をのぞきこんでいる。 頭がグラッとしたせいか、足元がふらふらおぼつかない。 俺は雅水に体を支えられていた。 「....あ、あれ、俺、どうした....?」 「どうしたもこうしたもないよ。俺の目の前で突然倒れるんだもん」 「え?!」 「もうびっくりしちゃったよ。具合悪いの?」 「あ、いや。大丈夫。....ごめん雅水。バス、逃しちゃった?」 「しょうがないよ。次のに乗ればいいじゃん。それより本当に大丈夫?......ひょっとして、ヒート?」 雅水は俺の頭に手を乗せて、俺の顔をもう一度のぞきこんだ。 「大丈夫!大丈夫!違うよ!!違う!!昨日、化学を一夜漬けしたから寝不足かも」 「奏音らしい。でも無理するなよ」 「学年トップ様の優しいお言葉、身に染みます。ありがとう」 「もう!奏音!」 雅水は、耳を赤くして笑った。 いつも、そう。 照れると、耳が赤くなる。 オメガの俺に唯一理解をしめしてくれる、ベータ。 大事な、大事な幼なじみ、雅水。 それにしても、あいつ、なんなんだ? 雅水にあいつのことを聞きたかった。 でも、心の奥底でモヤモヤ何かが引っかかってしまって、聞くのをためったんだ。 ....なんなんだよ、マジで、アイツ。 でも......アイツ、まぎれもなく、アルファだったな......。 気をつけなきゃ。 朝のアクシデントのせいで、せっかく勉強した化学式がとんでしまい、化学の小テストはボロボロだった。 最悪だ。 机に突っ伏っていると、肩を叩かれた。 「奏音、落ち込んでる?」 裕太がニヤニヤしながら、俺に話しかける。 俺、今お前の甲高い笑い声、聞きたくないよ....? 「まぁね」 「そうそう、となりのクラスに転校生が来たんだよ」 俺はドキッとした。 「今の時期に転校生なんてめずらしいよね。髪も赤くって、背も高くって、なんてったってイケメンなんだよ」 さらに冷や汗まで出てくる。 「....お前、となりのクラスまで見に行ったの?」 「当たり前じゃん!情報はいち早く入手しなくちゃ。奏音も見に行ったら?」 「俺はいいよ」 ふと窓の外に目をやると、ヘリコプターがパラパラ音を立てて飛んでいるのが見えた。 だんだん学校に近づいてくる。 突然、ヘリコプターの尾翼のバランスが崩れて、機体が斜めになった。 ヤバイ!! キュルキュル。 プロペラがイヤ音を立ててながら近づいてくる。 「裕太!逃げろ!」 俺の言葉にクラス中の生徒が悲鳴を上げながら、廊下に向かって走った。 裕太が走るのを見届け、俺も走ろうとした瞬間、足がもつれてすっ転んでしまった。 マジかよ....。 今日は、本当にツイてない....。 振り返ると、ヘリコプターの機体はすぐそこまで迫っていた。 人間ってこういう時、本当に動けなくなるもんなんだな....。 なんてぼんやり考えていると、突然、ものすごい勢いと力で引きずられた。 あっと言う間に廊下に出ると、窓の下に引きずられ頭を押さえつけられた。 「このまま!動かないで!」 そう言うと、その声の人は俺に覆い被さってきた。 次の瞬間、爆音がした。 耳がキーンとして、空気が振動する。 ガラスが割れる音がして、パラパラ、ガラスの破片が落ちてきて.......機体が燃えているのか、だんだん熱くなってきた。 「奏音、立てるか?」 声の主は、今朝のダークレッド。 俺は、びっくりして目を見開いた。 「立てるんだったら、走るぞ!立てないんだったら、お姫様抱っこで俺が走るけど」 「立てるよ!」 俺は食い気味に叫んでしまった。 ダークレッドはにっこり笑うと、俺の腕を掴んで走りだす。 ひきづられるように走っていると、あっと言うまに校舎から避難できてしまった。 .........今までの人生で一番早く走れたかもしれない。 「ここまでくれば、大丈夫。奏音、怪我してない?」 「あ?あぁ、大丈夫。ありがとう」 俺の言葉に、ダークレッドは鼻をポリポリかいて照れていて、その肩から血が滲んでいるのが見えた。 「お前、人の心配する前に、まず自分のことだろ!」 俺はダークレッドの上着を脱がして、持っていたハンカチで止血した。 ダークレッドは、目を丸くして止血した肩と俺を交互に見てる。 「....すげぇ。なんでこんなことすぐできるの?」 「....たいしたことない。それより本当、ありがとう。お前がいなかったら、多分、俺死んでたかも。ありがとう。....名前、なんて言うの?」 ダークレッドの瞳が一瞬で暗くなった。 「....覚えてない?本当に?」 「覚えてない....ってか、なんで俺の名前....」 ダークレッドは俺の両肩をがっちり掴んでてきた。 さらに顔まで近づけてくる。 「本当に覚えてないの?」 「.......」 俺は思わず顔をそらす。 心臓のドキドキがとまらなくなってきた。 ヤバイな......アルファだろ、お前.......。 ダークレッドはそのまま俺の耳に口元を寄せていった。 「紫苑、紫苑だよ....まぁ、ゆっくり思い出してよ、俺のオメガ」 その低く響く声が、俺の耳の中でこだまし、頭に電気が走ったような衝撃をうけた。 その衝撃は、頭の回路をとおって全身に行き渡って、体中を熱くしていく。 まるでヒートが起こったみたいに、心臓がドキンと大きく音を立てた。 そして......。 ....また、朝みたいに、目の前が真っ暗になってしまった。 気がついたら、家のベッドで寝ていた。 部屋を見回して、体をおこす。 いつもうるさい目覚まし時計は、静かに5時30分をさしていた。 記憶が繋がらない....。 俺は頭をガシガシ叩いた。 なんなんだよ、マジで。 きっと夢だ。 ......ヒートが起こったに違いない。 ヒートのせいで、変な妄想を見たんだよ。 きっと学校にいったら、いつもと同じ平凡な日常が始まってる。 きっと、そうだ。 そうに決まってる。 その時、携帯がけたたましく鳴り響いて、思わずビクッとして、過剰に反応してしまった。 画面をみたら、雅水の名前が表示されている。 「もしもし、雅水?」 〝もしもし、奏音?今、どこにいるの?〟 めずらしく雅水が慌てた口調で喋っている。 「家。どうやって帰ってきたか、わかんないけど」 〝よかった〜。ヘリコプターが奏音の教室につっこんでから、いなくなっちゃって....心配してたんだよ〟 「....やっぱり、本当だったの?」 〝え?ニュースでも沸騰中だよ?覚えてないの?〟 「いや、覚えてるんだけど、なんか夢みたいにボーっとしちゃってるし、記憶もパズルみたいにあやふやだし、今起きたとこだし......」 〝大丈夫?奏音、今から、俺行こうか?〟 雅水が心底心配そうに聞いてくる。 「大丈夫。大丈夫だよ。あぁ、そうだ学校もちろん....」 〝休みだよ。.......やっぱり俺、後で奏音のとこ行くから〟 「ありがとう、雅水」 着信履歴を確認したら、雅水から50件以上の着信が残っていた。 かなり、心配かけちゃったなぁ....。 ごめん、雅水。 俺はもう一度横になった。 耳元で囁かれたあの声、あの言葉。 変な感覚に襲われて、そこから記憶が曖昧になる。 紫苑......。 覚えてる?とか言われたって、わかんないよ。 俺はゆっくり目を閉じた。 〝助けて.....! 助けて.....紫苑!!〟 俺が......叫んでる......? なんで.......? いつの記憶.......? 「....てるの?」 耳元で声がする。 あぁ、父さんかな?と、一瞬考えたけど、今この家には俺しか住んでいない。 誰だよ!? 慌てて体をおこして声がする方を見ると、紫苑がベッドに肘をついて、俺を見ながらニコニコ笑っている。 「ななな....なんで、お前!なんで俺ん家にいるんだよ!?」 寝起きでさらに完全に油断していて、頭と体がついていかない。 ベッドから降りようとして、バランスを崩して落ちそうになった。 「相変わらず、そそっかしいの?」 紫苑は、落ちそうになる俺の体を受け止めて言った。 こいつの前だと、何もかも思うようにならない。 ついでに言うと、ヒート一歩手前まで、体が熱くなる......。 「昨日、俺がせっかく助けてあげたのに、急に倒れちゃうんだもん。しょうがないから、先生に言って家まで送ってあげたんだよ。ひょっとして、それも覚えてないの?」 いつの間にか俺は、覚えてないことだらけになっている。 「鍵は?」 「奏音のズボンのポケットに入ってたから」 紫苑は俺の頭を撫でながら笑う。 「食べ物買ってきたから、一緒食べようと思って。おなかすいてるでしょ?」 そうじゃない、そうじゃないだろ....。 頭が混乱してきて、体が熱いのに、体の力が抜けていく。 あぁ、もう....。 「奏音、大丈夫?どっか痛いの?」 紫苑が急に瞳を潤ませて、心配そうに俺の顔をのぞきこむから。 そんな表情をされると、どうしたらいいか分からなくなって、余計緊張する。 「えっ....!?あ、大丈夫....なんともないから」 すると紫苑は満面の笑みを浮かべて言った。 「すごい、香りがする........ヒートかな?」 え?.....今、なんて? 「あ!そうそう。おにぎりがいい?パンがいい?」 「....おにぎり」 紫苑は、ぎゅっと目を瞑って笑う。 ....こいつは、いちいちびっくり箱みたいだ。 あと、俺の匂い......気をつけなきゃ.......。 「忘れないようにもう一度言うけど、俺が家まで送ってあげたんだよ。お姫様抱っこで」 「!!」 「ウソウソ、冗談だよ。準備してくるから、早く下に降りておいで」 紫苑は俺をゆっくり起こすと、1人スタスタと階段を降りていった。 まるで自分の家みたいじゃないか....。 俺は混乱する頭のまま、リビングに降りた。 リビングには、とても2人じゃ食べきれるとは思えない量のおにぎりやらパンやら....が机の上にキレイ並んでいた。 どうすんだよ、これ。 お店屋さんみたいじゃん。 紫苑はニコニコしながら、キッチンでお湯を沸かしている。 「なんでもいいから食べててよ」 俺は、ソファに腰を下ろす。 ....情報が多すぎて、頭が混乱する....。 ....何も考えたくない....。 その時、玄関のチャイムが鳴った。 雅水かな? 俺はふらふら歩きながら、玄関に行って鍵を開けた。 同時に勢いよくドアが開いて、俺はドアごと体を持っていかれた。 「うわっ!?」 「奏音!!」 倒れそうになった俺の体を雅水が支える。 「大丈夫?!生きてる!?」 生きてるよ....。 「心配したんだよ、携帯にもでないし....あれ?誰かきてるの?」 「ああ、あー、なんか紫苑って奴に、色々助けられて....」 「紫苑?!あの転校生!?なんで!?」 「いや....分かんない」 雅水は目をパチパチさせた。 2人で家の中に入ると、雅水が鼻歌を歌いながら、お茶を淹れていたから、思わず、俺たちは、ポカーンとしてしまう....。 紫苑は、こっちの視線に気付くとニコニコしながら手を振ってきた。 「あっ!同じクラスのイケメン!奏音の友達?」 「あ?ああ」 雅水は混乱した目を俺に向ける。 そんな顔するなよ、俺だって訳わかんないんだよ。 「奏音、知り合いなの?」 「向こうはそんな感じだけど、俺は分かんない」 終始わからないことだらけの頼りない俺。 人ん家でニコニコお茶を淹れる紫苑。 怪訝な表情の雅水。 俺ん家が、なんだかカオスになっていた。 あれから3人で微妙な雰囲気のまま、俺ん家ですごした。 俺は心底疲れて、その夜も深く眠ったんだ。 1週間たってようやく学校が再開して、俺たちのいた校舎は立入禁止になって、替わりにプレハブの仮校舎が建っている。 学校が再開するまで1週間、紫苑は毎日俺ん家にきた。 そんな状況を心配してか、雅水も毎日俺ん家にきていた。 最初の微妙な雰囲気こそなくなったものの、俺はなんだか落ち着けないまま3人で1週間すごしたんだ。 紫苑と雅水は、なんだかウマが合うようで、すぐ仲良くなっていた。 アルファとベータだから、かな。 オメガの俺が立ち入れないというか、なんというか。 2人で俺をいじり倒してきたり、かと思えば2人して俺にずっと寄り添ってきたり。 2人が入り浸るから、俺は抑制剤を飲んで過ごしていた。 いつ、ヒートが起こるかわからない。 起こったら、きっと2人が混乱する.......。 さらにカオスになるから、それだけは、避けなきゃ.......。 なんだか普通なようで普通じゃない状況が続いて、気疲れかどうかは分からないけど、毎晩ぐっすり眠っていた。 そんなある夜久しぶりに夢を見たんだ。 ーー 中学2年くらいまで住んでいた田舎のおばあちゃんの家。 俺は体が弱くてさらにオメガだったから。 オメガのお母さんも病気で入院してて、おばあちゃんがなくなるまでそこに住んでいた。 長く住んでいたら、友達ができた。 生まれて初めての友達。 とても嬉しくて、毎日毎日一緒にいた。 体が思うように動かない時は、いつもその子が俺を助けてくれた。 こんな田舎でもイヤなアルファがいて。 抑制剤もピルもちゃんと飲んでいたにもかかわらず、アルファが俺を襲ってくる。 そんな時、いつもその友達が助けてくれた。 友達は、アルファだったけど........。 優しくて、強くて、他のアルファとは全然違って。 俺はその友達が、大好きだったんだ。 おばあちゃんがなくなって、俺が家に帰るって日。 友達は俺に約束したんだ。 〝奏音が辛いときや悲しいときは、一番にかけつけるから!奏音は俺が守るから!奏音の番は、俺だから!!〟 笑顔がかわいいヤツだった。 その後、お母さんもなくなって.......。 俺はその時が人生のどん底だった。 〝すぐかけつけるっていったのに!ウソつき!〟 辛すぎて、悲しすぎて、あの約束を記憶ごと封印したんだ....。 ーー 夢で見た、あの笑顔。 どっかで見たことがある。 どこだっけ? 誰だっけ? 考えれば考えるほど、紫苑の笑顔とかぶる。 もしかして、あの子? 紫苑なのか?! 胸がぎゅっと苦しくなる。 〝奏音、やっと見つけた〟 ずっと俺のことを探していたんだろうか....? なのに、俺ときたら、記憶を封印してなかったことにしていた....。 もし、あの子が紫苑だったら....? 心がザワザワして落ち着かなくなった。 そして、また、体が疼きだす。 抑制剤、飲んだのに......。 今日から登校いう日、俺は思い切って紫苑に言ってみた。 「紫苑.......おまえ、約束したあの子?」 俺の言葉に、紫苑は目を見開いて俺を見返す。 「思い出したの!?」 次の瞬間、満面の笑みで俺を抱きしめてきた。 力が強すぎて、苦しい。 .......体が、熱くなる.....。 「キツい....!痛いってば」 「あ!ごめん、ごめん!あんまり嬉しくて、つい」 紫苑は、俺の体を離すと恥ずかしそうに頭をポリポリかいている。 「俺こそ....ごめん。あれから母親が亡くなったりして、色々辛くて、記憶を閉じ込めていたのかもしれない。本当、ごめん」 紫苑は優しく笑うと俺の頭に手を乗せた。 「奏音があやまることじゃないよ。本当はすぐに奏音のそばに行きたかったんだ。遅くなってごめん。これからはすぐかけつけるから」 胸がじんわり熱くなる。 2人でなんか微妙に照れながら歩いてバス停に着くと、雅水が待っていた。 「おはよう。....なんか2人とも晴れ晴れした顔してるけど、どうしたの?」 俺は、小さい頃の記憶とその記憶が紫苑にリンクしたことを雅水に話した。 「そっか、よかったね....そうなんだ。 .......じゃ、奏音がオメガだって、知ってるの?」 そう呟く雅水の顔が、なんだか寂しそうに見えたんだ。 雅水は俺が一番どん底にいた時に、知り合った友達だ。 初めて会った頃から、穏やかで優しくて、オメガっていう偏見も持たずに、俺のそばにいてくれた。 そういう俺も、雅水のそばを離れたくなかったし、いつも一緒にいたんだ。 俺が雅水以外の幼馴染の話をするのは、きっと面白くないに決まってる。 俺は、胸が苦しくなって、仕方がなかった。 この1週間、俺の中で2人の存在がとても大きくなっていたから。 雅水の寂しそうな顔を見たくない。 紫苑の悲しそうな顔も見たくない。 2人とも大事。 いつまでも3人でいたい。 アルファとベータとオメガ、3人で。 誰も傷つかないで、誰も幸せで。 過ごすのって、ダメなのかな.......? そう考える俺は、ワガママなのかな........? 学校が再開してから、俺たちはいつも3人で昼休みを過ごした。 立入禁止の校舎の屋上は意外と簡単に入れたし、広々としてとても気持ちよかった。 誰にも邪魔されずに、3人でご飯を食べて、色んな話をしたり、ふざけたり、昼休みがすごく楽しみになるくらい充実していた。 俺はこの場所と紫苑と雅水と過ごすこの時間が好きだ。 その日たまたま移動教室の後で、俺は屋上に行くのが遅れた。 屋上まであと1歩というところで、大きな声で言い争っているような声が聞こえた。 紫苑? 雅水? 俺は慌てて屋上にでる。 そこにはお互いの胸ぐらを掴んでいる紫苑と雅水がいた。 ちょっと!何してんだよ! 思わず俺は2人の間に入って、紫苑と雅水を引き剥がす。 「おい!何してんだよ!」 俺がそういうと、2人はお互いの目をそらした。 気まずい、空気が流れている。 雅水が俺に向き直る。 「....おまえのせいだよ、奏音」 ....え? なんで、俺のせいになるんだよ? ムッとして反論しようとしたけど、それ以上に雅水の目が真剣で鋭くて、思わず息をのんでしまった。 ゆっくり近づいてくるから、思わずあとずさる。 そのうち壁際に追いやられてしまった。 自ら逃げ道を塞ぐ形をとってしまう。 俺、なにやってんだよ。 「ねぇ、奏音」 「....なんだよ」 「.......ベータとかアルファとか抜きでさ、俺と紫苑どっちが好きなんだよ」 は? 今なんて? 予想外の質問に、俺は固まってしまった。 「どっちが好きかって、聞いてんだけど」 雅水は、さらに俺を追い詰めるかのように聞く。 紫苑もゆっくり近づいてきた。 なんだよ、この状況....。 「オメガうんぬんって以前に、奏音は、鈍感すぎるんだよ。....俺たちは奏音のことが、好きで好きでたまらないのに。おまえ、ちっとも気付かないじゃん」 はたからみたら、でかい男達に囲まれた俺は、カツアゲされているようにしか見えないだろうな。 でも、違うんだよ。 脅迫めいた愛の告白をされている。 アルファとベータから。 俺は、2人を見た。 2人とも真剣な眼差しで俺を見てる。 ....こわい。 その視線が痛すぎて泣きそうになってしまって。 俺は、ようやく言葉を絞りだした。 「あ......アルファとかベータとか抜きにして......。 2人とも大事....2人とも好きなんだよ....。 どっちが一番とかじゃなくて、どっちも一番で....。 俺は3人でいる時が安心するし、ホッとするんだ。 それじゃ、ダメなのかな? だから、どっちかなんて選べないし....。 もし、どうしてもどっちか選べって言うんだったら、俺は2人とも選ばない.......。 番もいらない.......。 今までだって、ほとんど1人だったし.......。 ずっと1人でいい、1人でかまわないよ」 恐怖からなのか、緊張からなのか、涙が溢れて頰をつたってきた。 うわぁ、情けない.......俺。 「それが奏音の答えなんだろ?」 紫苑の低く響く声に俺は頷いた。 「やっぱ、奏音は俺たちだけのものじゃん」 「そうだね」 ....? さっきまでケンカしてたよね? なんで急に納得して、解決してんだよ。 すると、奏音が頰に残る涙にキスをしてきた。 「!!」 思わず両腕で顔を隠す。 でもそれは長く続かなかった。 右手は紫苑によって壁に抑えつけられて。 左手は雅水によって壁に抑えつけられて。 ....この状況、絶対勝てない。 余計泣きたくなってしまう。 2人の顔が近づいてきて、思わず目を瞑る。 2人の唇がほぼ同時に、俺の首筋を這う。 「ちょっ....!やめ....!」 左側のフワッと優しく柔らかい唇は、俺の耳から鎖骨までをゆっくり刺激する。 右側の熱を帯びた熱い唇は、強引に首筋を攻めてくる。 2つの異なる刺激が、感覚が、俺を襲ってきて、思わず息が上がって、声が出てしまう。 ダメだ......発情......してしまう........。 「....っ..あっ....」 俺は足の力が抜けて、そのままその場にへたり込んでしまった。 ようやく2人の唇に開放されて、俺はホッとする。 きっと今、めちゃめちゃ情けない顔をしているはずだ。 「奏音、相変わらずかわいすぎるんだけど」 紫苑は、俺に視線の高さを合わせて言う。 混乱しすぎて、返事ができない。 「〝2人が一番〟なんだから、しょうがないよね、奏音」 雅水がいつもの優しい声で、残酷なことを言ってくる。 キーンコーンカーンコーン 学校に響くチャイム。 昼休みが終わってしまった。 昼飯も食べられなかったし.......あぁ、もう、なんなんだよ。 俺は雅水に抱き起こされた。 足がガクガクする。 なんか、本当、情けない....。 2人は、情けない俺にいつものように寄り添って、教室までついてきてくれた。 「今日の晩御飯、奏音ん家でパスタにしよう」 なんていう2人の会話を聞いていると、さっきの感覚がぞわぞわ蘇ってきて、家に帰りたくなくなってくる。 家で、普通にしていられるかな......? 俺......。 ヒートがきたら、どうすりゃいいんだ......マジで。 あぁ、もう。 お腹はすいているし、頭は混乱しているし。 俺は最低の状態で教室に戻った。 「奏音?顔色悪いよ?大丈夫?」 裕太がいつになく心配そうに聞いてくる。 大丈夫じゃないよ、全然、大丈夫じゃないよ? 「首のそれなに?虫に刺された?」 と、右側の首筋を指さす。 ....紫苑!!あのヤロウ!! 「さっき花壇の近くに行ったからかな?虫に刺されたのかも、アハハ」 なんてバレバレなウソをつくはめになってしまった。 午後の授業中、俺はどうやったら2人に会わずに帰れるかばっかり考えていた。 考えれば考えるほど、不可能に近くて余計にへこんでしまう。 あぁ、俺、何やってんだよ....。 「奏音、帰るよ」 紫苑と雅水は教室の入り口で待ち構えている。 2人並ぶと、今更ながら本当に目立つ。 2人が入り口に立ちはだかった瞬間に、俺が何時間も費やして〝どうやったら2人に会わずに帰れるか〟なんて言う甘い考えはあっさり消え去ってしまった。 「奏音、パスタ何が食べたい?俺、実は作るの上手いんだけど」 紫苑が得意げな表情で言う。 「....じゃあ、紫苑が得意なやつがいい」 俺の言葉に、紫苑の顔が途端に明るくなった。 昼間の真剣な顔が嘘みたいだ。 「オッケー!俺、頑張るから!」 「俺は、サラダ作ろうか?」 「いいねー!」 テンション高めの2人はハイタッチなんかしている。 俺は全然テンションなんか高くない。 むしろ2人とは反比例している。 昼の出来事があっての、今のこの状況だ。 逃げ切れる自信が、無いし。 .......何より、オメガである自分の性が怖い。 2人を混乱させてしまったら? 2人を壊してしまったら? .......そんなことになったら、俺には後悔しか残らない.......。 自分自身の顔がこわばっているのがわかる。 そんな俺を察したのか、雅水がいつもの優しい笑顔を俺に向けた。 「大丈夫だよ、奏音。奏音を怖がらせるようなことはしないから」 そう言って、俺の頭に手を置いた。 .......1人悶々としている俺がイヤになってくる。 紫苑の作ったボンゴレは、本当にうまかった。 雅水が作ったトマトカップのサラダもビックリするくらいおいしかった。 昼ご飯を食べてなかったから、って強がってみせても、結局は2人のペースに飲まれてしまう。 3人で笑いあいながら食べるご飯は、本当に楽しかった。 父さんは海外に単身赴任中だし、俺はいつも1人でテレビを見ながらご飯を食べていたから。 加えて、オメガで。 周りに気を使って、外食なんてしたことない。 お母さんがいなくなって。 おばあちゃんがいなくなって。 俺は、ずっと1人で。 何をするにもずっと1人で。 怖い目をして襲ってくるアルファが怖くて、1人で震えていて。 でも、誰もそばにいないから........自分の身は自分で守るしかなくて。 だれかと一緒にいるって、こんなにもあったかくて、楽しいことだったんだ。 俺の日常は、なんてもったいなかったんだろう。 オメガだからって、気が引けて。 穏やかに日常を過ごすことだけを考えて。 それ以上のことを、望んだらいけないと思っていた。 違う........そんなの、違うんだ。 俺の目からいつの間にか、涙が流れていた。 今日は、涙腺が弱いのか? どっか、おかしいのか? 紫苑と雅水がビックリした顔で、こっちを見ている。 「どうしたの?奏音!」 「どっか痛いのか!?」 2人口々に心配してくる。 俺は言葉が出なくて、首を横にふる。 雅水は俺の手を握ってくれ、紫苑は俺の肩を抱いてくれた。 だんだん落ちついてきて、俺はゆっくり話した。 父さんは仕事が忙しくて、ずっと1人だったこと。 襲ってくるアルファが怖くて、1人でいるのが実は寂しかったこと。 誰かと一緒にいることが、こんなに幸せなんだって初めて感じたこと。 ........2人が大好きなこと。 2人は俺の話を真剣に聞いてくれた。 心の中のものを全部だすと、スッと軽くなったような感じがして、涙が止まらなくなってしまった。 今日は、どうしたんだ、俺。 すると、紫苑が俺の頰に手を添えて唇を重ねてきた。 ビックリして目を見開いた。 そのまま舌を絡め出す。 熱い....。 心臓が.......大きく鼓動する。 紫苑がゆっくり唇を離すと、今度は雅水がそっと唇を重ねてくる。 紫苑とは違った柔らかい熱さ....。 ....息が上がる。 ....声がでてしまう。 体が......疼いて.......濡れてくる........。 ヒートだ......ヤバ.....イ。 あんなに警戒していたことが、とうとう起こってしまったんだ......。 ....でも....抗えない....。 「奏音、香りがスゴイ......」 紫苑が、顔を赤らめて言った。 俺の首筋が、耳が、手が、体全体が....。 2人の唇の熱で、2人の手の優しい感覚で。 抵抗できずに、だんだん深みにはまっていく。 ....その後のことは、はっきり言ってあんまり覚えていない。 オメガの性、全開で2人を求めていたから......。 紫苑の大きくてあったかい手と体の感覚。 雅水の優しくて繊細な唇と手の感覚。 途切れることなく、押し寄せる快感。 代わる代わる俺の中がかき乱されて、でも、快感しかなくて。 ずっと、このままでいたいって、思った。 本当に。 それだけしか、覚えていない。 でも、2人のあたたかさや優しさが俺を包んでいたのは、はっきり覚えてる。 目を覚ますと俺の両側には紫苑と雅水がいた。 2人とも静かに寝息を立てている。 2人を見てると急に恥ずかしくなって、思わず口を手で覆ってしまった。 「.......奏音、起きた?」 雅水が目をうっすら開けて俺を見る。 「........雅水、俺」 雅水は人差し指を立てて、俺の唇に持っていく。 雅水は、やっぱり優しい。 「大丈夫?どっか痛いとこない?」 俺は首を横にふる。 と、同時に肩をぎゅと紫苑が抱きしめてきた。 「奏音、かわいい」 紫苑の言葉に、俺は顔が熱くなるのを感じた。 「そういえば、お前。昼間、俺にキスマーク付けただろ!」 紫苑は〝バレた!〟って顔をして、鼻をポリポリかいた。 「紫苑!奏音にそんなことしたの!?」 雅水が〝信じられない!〟って顔をして言う。 いつも俺が1人で過ごしていたベッドに溢れる笑い声。 はずんだ話し声。 俺はホッしたと同時に、現実か夢なのかわからなくなった。 1人で震えながら過ごしていたことが、夢だったのか。 愛しい人達と一緒にいるのが夢なのか。 でも、いい。 今2人のあたたかさに包まれているんだから。 それでいい。 アルファとベータと.......そしてオメガと。 俺は今、人生で一番、幸せだ。

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