4 / 112

2-淫魔ヤンキー、宿泊研修へ

多くの新入生が待ちに待っていた宿泊研修の日がやってきた。 「なぁなぁ、俺すごくね、クワガタめっちゃ捕まえた」 「それコガネムシだよ、色違うじゃん、コガネムシ色してんじゃん」 「じゃあコガネムシ持って帰って教室で飼おうぜ」 「いだだだだッ、なんか変な虫に噛まれッ!!」 同級生らが必要以上に童心を取り戻してはしゃぐ中、当初、来るつもりがなかった岬は某ブランドタオルで額の汗を拭ってため息をついた。 清々しい空気に満ちた森林地帯でのレクリエーション。 日帰りならば少しは楽しめたかもしれないが、一泊となると、どうしても。 「中村ぁ、顔色悪くない? 疲れたん?」 友達に心配されて、膝丈のカーゴパンツ、ネイビー色の薄手のパーカーを羽織った岬は仏頂面になって答えた。 「志摩の野郎にむりやり連れてこられてテンション上がんねぇ」 『来いよ、研修』 『……めんどくせぇ』 『風呂のこと心配してるのか』 俺が何とかしてやる。 志摩にそう言われて岬は渋々やってきた。 宿泊先は雑木林に囲まれた少年自然の家。 あてがわれた部屋に風呂は備わっていない。 生徒達は大浴場でクラス毎に入浴するようになっていた。 みんなで風呂とかありえねぇ。 時間ずらして入れば目立つし、そもそも口うるせぇ教師に注意される、うぜぇ。 入らなかったら入らなかったで……なんか目立つ。 クソ、やっぱり来なきゃよかった。 心ここにあらず、岬は入浴のことが気になって森林散策やバードウォッチングといったレクリエーションにイマイチ集中できず、あっという間に夕食時間を迎えた。 メニューは王道にならってカレー。 野外炊事場で生徒達による手作り。 包丁担当だった岬は気もそぞろに、しかし日頃から自宅で家事をこなしていることもあり、慣れた手つきで材料を捌いていった。 「すげぇ、完全オカンの手つきじゃん、中村」 「は? こんなんフツーだろ、目ぇ瞑ってでもできるわ」 「マジで? じゃあ目ぇ瞑って!」 「……」 「岬のおかげでまともな晩飯にありつけそうだな」 岬はギクリとした。 宿泊研修は生徒同士の繋がりを深めるための集団行動が基本、教師は常にあっちに行ったりこっちに行ったり、全体の見守り、施設との連携に多忙の身。 よって今日まだろくに会話もしていなかった志摩に背後に迫られて妙な緊張感に襲われた。 急にぎこちなくなる手つき。 変に力が入って切り口が歪になる。 「そのジャガイモでかくね?」 いちいち指摘してきた友達をギロリと睨んで、やたらすぐ背後に立つ志摩には敢えて目を向けず「志摩センセェに食わせんだよ、イヤガラセだッ」と言い放った。 「イヤガラセじゃなくてサービスだろ」 くしゃり、白アッシュの髪を柔らかく撫で、岬の担任教師は別グループの悲惨な調理現場をチェックしに行った。 まな板にごろりと転がったジャガイモの断片を見下ろし、過剰に心臓が跳ねている岬は舌打ちした。 喉に詰まらせて苦しめ、ムッツリ教師。 視界の隅に引っ掛かっている彼の後ろ姿に向かって心の中で吐き捨てた。 「お前顔が赤いな、岬」 「は!? いきなり絡んでくんな!!」 「こっち来てみろ、ん、デコ熱いな」 「っ……っ……っ……!?」 「すみません、ウチのクラスの中村岬、熱出したようなので大部屋じゃなく自分の部屋で今晩寝かせようと思います」 「っ……っ……っ……!!??」 「他の生徒にうつされると困るんで、ね」 野外での夕食が済み、本日最後のプログラムであるビンゴ大会がオリエンテーション室にて終了、これから入浴時間というところだった。 「ほんとだ、顔赤ぇ」 「これ、下手したら四十度いってんじゃね!?」 宿泊部屋へ新入生がぞろぞろ戻る中、岬を心配して残る友達。 黒のジャージを羽織った志摩は他の教員達に説明して回っていた。 志摩と額同士をぶつけ合った直後の岬は、熱などちっともないのに、耳たぶの隅っこまでジンジン火照らせていた……。

ともだちにシェアしよう!