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その店は繁華街の喧騒から少し離れた閑静な裏通りに建つテナントビルの地階にあった。 一直線に伸びた手摺りつきの細い階段を下れば赤い扉に出迎えられる。 「Closed」のプレートが下げられていたが、試しにガラスのドアノブを動かしてみると特に抵抗もなく、思い切って開いてみた。 赤と黒に限りなく統一された店内。 壁やバーカウンター、テーブルは黒。 革張りのソファやスツール、VIP席と思しき奥の半個室とフロアを仕切るカーテンは赤。 床に至っては赤と黒のチェック柄だった。 来店したばかりだとショッキングな色合いに馴染んでいない目がチカチカしてくる。 地階で窓がなく、現在時刻がわかりづらい。 天井から吊り下げられた洋風のペンダントライトやシャンデリアが沈黙のフロアを厳かに照らしており、まるで吸血鬼が営業していそうなゴシックホラーな雰囲気を高めていた。 「すみません、今、準備中なんですが」 一般的な飲食店ではあまり見慣れない鳥かごや燭台といったインテリアを眺めていたら、壁際のカウンターの内側にいた店員に声をかけられ、慌てて目を向けて。 本当に吸血鬼がいると錯覚してしまった。 「開店は五時からです」 清潔感のある白い襟シャツ、腰から下を覆うロング丈の黒い前掛けエプロンをつけた黒髪の店員。 薄幸の吸血鬼、淑女、シスター、そんな第一印象を抱かせる性別・年齢不詳の禁欲的な外見、ならびに仄暗い翳りを纏っていた。 「そうですね、今ですとチョコレートムースくらいしか出せませんが」 「は? チョコムース?」 「ちなみに今日の日替わり夜定(よるてい)はハンバーグオムライスになります」 そう。 悲壮感漂うスタッフおよびダークな雰囲気に呑まれ、酔狂なバーかホーンテッドハウスなんかと勘違いしそうになるが、ここはれっきとした洋食レストランなのだ……。 「来てくれたんだね、岬くん」 何をするでもなくカウンターにただ座っていた阿久刀川は振り向き、準備中の店に図々しく入り込んできた岬をにこやかに出迎えた。 「開店前で準備中なのに、勝手に入ってきて悪ぃ」 「いいよ。歓迎するよ」 ポケットに真っ赤な名刺が入っている、昨日と同じモッズコートを羽織った岬は、昨日の服装と全て違うコーディネートで優雅に足を組む阿久刀川のそばに立った。 「志摩センセェと高校時代の友達なんだよな、阿久刀川サン」 昨日は、結局、言われた通りに岬は家に帰った。 『阿久刀川は俺の友人だ、高校の頃から世話になってる、あの部屋もコイツから譲り受けた』 『違ぇよ、俺はこの人のこと聞いてんじゃねぇ、さっきの女の人ってセンセェの双子のーー』 『岬』 ため息まじりに志摩に呼号されて。 自分もあの冷たい声を浴びせられるかもしれない、そう思うと深追いすることができず、しぶしぶ雑居ビルを後にした。 でも諦めたわけじゃなかった。 どうしても知りたかった。 家族なんていない、そう断言した志摩の双子の妹について、両親について、知りたかった。 志摩の過去を共有したかった。 「志摩センセェと家族の間に何があったのか教えてくれよ、阿久刀川サン」

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