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『俺の生徒にオイタするなよ』
同種の担任と生徒。
それ以外の何物でもない関係であることを再認識させられながらも、岬は、昨日に引き続いて阿久刀川を牽制した志摩の忠告に……不覚にもときめいていた。
冬も深まり始めて一段と駆け足になった日暮れ。
建ち並ぶビル群の窓が西日を反射して茜色に染まっていく。
大通りを跨ぐ歩道橋に差し掛かり、褐色の頬を上気させたヤンキー淫魔は数歩前を行く志摩の背中を見つめた。
……家庭の事情や過去の話もそうだけど。
……あんな店に通ってたなんて全然知らなかった。
志摩センセェについて知らねぇこと。
他にもまだまだたくさんあるだろう。
教えてほしいのに教えてくれない。
単なる同種の生徒に過ぎねぇ俺なんかには立ち入ってほしくない、関係ないってことなんだよな。
プライバシーを侵害されたくないって、はっきり言われたもんな。
それでも知りたいって思う俺はどうしたらいいんだろう。
歩道橋の真ん中で岬は立ち止まった。
気づかずに前を進む志摩を呼び止めることもせず、フンと顔を背け、欄干にもたれて交通量の多い車道を見下ろした。
胸をときめかせたり、苛立ったり、落ち込んだり、どうしようもなく興奮したり。
操作不能な自分の感情に疲れてしまった。
奈落に落ちないように。
そう言っていた志摩自身に奈落の縁へと追いやられているような気さえした。
……いっそのこと解消した方が楽なんだろーか。
一方的に体を慰められてばっかりの、この関係を、なくしてしまえたら……。
「泣いてるのか」
隣にやってきた志摩を岬は横目で睨みつけた。
「泣いてねぇよ、うそつき」
「うそつき? 俺が? どうして?」
「家族いたじゃねぇか」
「ほら、岬」
「?」
「夕日を掬ってる」
「話逸らすのヘタクソかよ」
欄干の向こう側に両手を掲げた志摩は短く笑う。
不貞腐れて仏頂面になった岬は排気ガスの立ち上る車道に視線を戻そうとした。
「俺がいるのかと思った」
すぐに視線を向ければ志摩は茜色と藍色に滲む遠くの街並みを見つめていた。
「今のお前みたいに。学校や図書館の屋上で日が沈むのをぼんやり見てた」
二人の背後を通行人が通り過ぎていく。
車の走行音に楽しげな笑い声が紛れた。
「家には居場所がなくて」
志摩はやっぱりいつもと同じ、ドライな眼差しで、淡々とした口調で言う。
「早く離れたくて遠方の大学を目指した」
「うん」
「でも、結局、地元 に戻ってきた。実家とは絶縁状態のまま暮らしてる」
絶縁状態。
重たげな言葉が岬の脳天にズシリと響いた。
「絶縁って。なんでそこまで?」
それは昔々まではいかない過去のこと。
とてもじゃないが飼い慣らせない「とめどなき淫欲」に翻弄され、足掻けば足掻くほど重症化し、中高生でセックス依存症になったのかと自己嫌悪に陥った。
それでも次から次に飢えた。
こんなにも浅ましい有り様を真面目な両親に打ち明けられるわけがなかった。
極々普通の平和な家庭に獣が一頭、紛れ込んだような。
夜な夜な街を徘徊しては適当な相手を見つけて、荒々しく肌を重ね、少しも満たされずに。
仕舞いには、そのつもりなんてまるでなかったのに、禁断の感情を招き寄せてしまった。
「妹に告白された」
実際は告白どころではなかった。
表立った高校生活では協調性が低かったものの、無難な生活態度で成績優秀、おかげで志摩はAO入試による大学合格が早くに決まっていた。
卒業するまで、大学入学に備えて勉強や情報収集に励んでいた頃のことだった。
『好きなの』
自宅で、自分の部屋で、目の前で制服を脱いだ妹に告げられた。
淫魔として一人覚醒していた兄の色気 に彼女は完全に中てられていた。
兄のことがほしくて堪らなくなっていた。
『どこにも行ってほしくない、ここにいて』
志摩は……その誘惑を、禁じられた想いを拒んだ。
震えながら告白してきた妹に制服を着せようとした。
そこを買い物から帰宅した母親に目撃された。
真夜中の徘徊に気がついていた母親は兄が双子の妹に乱暴しようとしている、そう、頑なに思い込んだ……。
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