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8-淫魔ヤンキー、高二になる

一年間、何気に平均点以上のテスト成績、出席日数も安定していた岬は無事進級して高校二年生になった。 「学校行きたくねぇ」 進級するなりどん底に突き落とされた。 これまで遅刻、サボリ、無断早退、面倒くさがっていた学校行事にも参加し、やむをえない病欠以外は真面目に登校していたというのに。 糸が切れたみたいに気力がきれいさっぱり消え失せた。 「よく考えれば中学ンときだってときどきサボってたんだよ、高一の一年間が異常だったんだ、きっと充電切れだな」 まぁ、つまり。 二年の担任が志摩から別の教師に変わって拗ねているのだ。 「少ねぇ春休みだけじゃあ充電間に合わねーよ」 そこは放課後に友達とよく寄り道するファストフードショップだった。 しかし今日の相手は学校で行動を共にしている友達ではなかった。 周囲のテーブルは制服を着た同年代の男女など、比較的若い層で埋まっていたのだが、彼らの視線は岬の同席者に引き寄せられがちというか。 「例の先生が担任じゃなくなって淋しいの?」 自分のポテトをごっそり摘まんで食べていた岬はぐっと詰まる。 向かい側のソファ席に座った、アイスティーを静々と飲んでいた彼に「別に淋しくなんかねぇ」と口を尖らせた。 「淫魔筋の教師。今まで一度も会ったことない」 厳かに艶めく漆黒の髪に蝋色の肌。 やたら黒目がちで妖しげな色香に満ち満ちた双眸。 「しかもエゴイストな野心家が多い優性(ドミナント)。変わってるね、その淫魔」 「あーーーー……だな」 岬より背が低く、華奢で、弱々しげな印象を受ける。 癖のない長い前髪越しに妖しげに煌めく目。 聖人も堕落させる妖花さながらに漂う蠱惑的な色香。 「でも別に淋しいとかじゃねぇし? ただ単に一年よく頑張ったなってだけの話だよ」 「ふぅん」 黒の詰襟を着ていなければ女の子に見間違われること間違いない、中性的な外見をした彼。 彼もまた淫魔だった。 一学期が始まった当初、正直なところ担任が変わったことが相当ショックで現実を受け入れられず、岬は一人でふらふら寄り道することが多くなった。 『中村ぁ、だいじょーぶか?』 『いくら担任が志摩じゃなくなったからって落ち込みすぎじゃね?』 『別に一ミリも落ち込んでねぇわ!!』 心配してくれる友達を振り切って夕方の街を当てもなく彷徨っていたら。 『君も淫魔だよね』 歩道橋の上で欄干にもたれてぼんやりしていた岬に彼は声をかけてきたのだ。 「濡宇朗(じゅうろう)は学校楽しいか?」 ナゲットをバクバク食べながら岬が問いかければ、サキュバスの血を継ぐ劣性(レセシブ)淫魔の濡宇朗は首を縦にも横にも振らず、斜めに傾けてみせた。 「学校は普通。でもこんな風に岬と話してる放課後は楽しくて好き」 今まで学校で出会った淫魔は志摩センセェだけだった。 濡宇朗は同年代、しかもタメ、学校は違ぇけど、親近感が湧くっつぅか。 志摩センセェと阿久刀川サンの関係ってこんな感じだったのかな。 「岬も楽しい?」 「ん? まー、濡宇朗とは波長が合うっつぅか、一緒にいて居心地いいっつぅか」 「ほんと? 嬉しい」 地方一自由な校風で知られている学校の制服を着崩した、どこからどう見ても不良然とした岬。 詰襟の第一ボタンまできっちりかけた、眼帯が様になりそうな陰のある美男子優等生然とした濡宇朗。 傍から見れば波長など合いそうにない、ちぐはぐな二人。 門限も忘れて放課後を謳歌する他の中高生らと同じように、深い悪夢に魅入られた淫魔同士で、他愛ない話を交わすのだった。

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