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「僕は大歓迎なんだよ、岬くん」 岬は真上にのしかかる美しい男を凝視する他なかった。 そこは洋食レストラン「UNUSUAL(アンユージュアル)」の地下フロア奥にあるVIP席。 深紅の(とばり)に覆われた半個室。 壁には十字架、黒いテーブル上には聖母マリアをモチーフにしたオブジェ、ロウソクの炎が内側で揺らめくガラスのキャンドルホルダー。 まるで小規模な教会にいるような。 「阿久刀川サン……」 チョコムースを平らげ、会計を済ませ、外へ出ようとした岬の腰を阿久刀川は極々自然な仕草で抱き寄せた。 そのまま、あれよあれよという間に店の奥へ招かれて深紅の帳の向こうへ。 捕食者として洗練された身のこなしにまんまと流され、抗う暇もなしにソファへ押し倒された……というより紳士的に横たえられた。 「えーと」 「レアなインサバス。一度、抱いてみたかったんだ」 深みのあるウッディノートの芳醇な香りが鼻孔に押し寄せてくる。 紛れもない美丈夫を目の前にして、岬は、ゴクリと息を呑んだ。 「えーと」 「大丈夫。僕は後腐れのないよう、一人につき一度のベッドインをモットーにしているからね。関係を無駄に引き延ばしたりはしないよ。もちろん、これからも気軽に食事においで?」 「一人につき一度? ま、まさか……志摩センセェとも一度……とか?」 黒曜石の瞳を一段と煌めかせ、阿久刀川は眉目秀麗な顔に極上の笑みを添えた。 「秘密」 「はぁ!? 嘘だろ!? そんなん一言も聞いてねぇぞ!?」 「人間でも同種の淫魔でも、食指がそそられたら僕は頂くよ。それにしても」 阿久刀川がさらに姿勢を低くする。 互いの距離が狭まって岬は咄嗟に口をつぐんだ。 動揺を隠せずに震える吊り目を覗き込んで、獲物を狩るのに長けた端整な唇を綻ばせ、男前美形の彼は言う。 「これから僕に抱かれるのに、今、別の男の名前を口にするのは頂けないかな」 なんで黒須サン来ねぇんだよ。 つぅか黒須サンと付き合ってるハズなのに、なんで本人いる場所でこんな真似できるんだよ? 「岬くん」 しなやかな指が顎にかかり、ゆっくりと持ち上げられて、岬は限界いっぱい目を見開かせた。 「……岬くん……」 反射的に自分の口を両手で覆い隠して。 精一杯、顔を背けた。 「悪ぃ、むり、嫌だ」 やっぱりだめだ。 センセェがいい。 「うん。その気持ち、大事にしようね」 最初に誘っておきながら拒んできたヤンキー淫魔に眉を顰めることもなく、阿久刀川は、白アッシュ頭を優しく撫でた。 ……だせぇ、ださすぎるな、俺……。 あくまでも紳士的な阿久刀川に脱帽し、しょうもない自暴自棄っぷりを反省し、ちゃんと謝ろうとした岬だが。 頭を撫でていた掌が耳元へ移動し、耳たぶをやんわりつねられて、不意討ちの些細な刺激に「んっ」と思わず声を詰まらせた。 「僕を嫌がるなんて。岬くんのレア度がさらに増したかも」 逸らしていた視線をおっかなびっくり戻してみれば、捕食者まんまの眼光をひけらかして(わら)う阿久刀川と目が合い、胎底を竦ませた。 「本気でほしくなりそう」 「えーと、えーと」 「君も僕をほしがるよう、とことん屠り尽くしてみたいな」 「えーと、えーと、えーと!!」 がんっっ! 「う」 「う、わ、ぁ?」 第三次性徴期をすでに迎え、飼い慣らしたはずの「とめどなき淫欲」がちょっとばっかし檻の中で騒ぎ、岬に手を出そうとしていた阿久刀川の頭に振り下ろされたのは……スキレットだった。 「途中まで正解でしたけど途中から大ハズレでした、店長」 深紅の帳をはねのけ、スキレット片手にVIPゾーンへ踏み込んだ黒須は肩を竦めてみせる。 「店長を信用しなくて正解でした」 「いてて……ひどいな、黒須……」 「あ、阿久刀川サン、大丈夫かよ……?」 自分の真上で後頭部を押さえている阿久刀川を、ガチで襲われかけていたことも忘れて岬は心配した。 「うん、平気、たまにあるから。僕のマリア様は血気盛んなんだ」 「マリア様って……黒須さんはどっちかって言うと吸血鬼だろ」 「早く出ておいで、岬君」 「あ、ハイ、出るっす」 阿久刀川の懐から岬が慌てて脱出してくると、ヤンキー淫魔より数センチ低い黒須もまた、僅かに乱れていた白アッシュ頭を撫でた。 「ちゃんと家に帰るんだよ」 お子様扱いされて心外な岬だったが、店長に水をぶっかけたりスキレットで頭を殴打したりする黒須は自分が知っている大人の中で一番バイオレンス臭が強く、余計な口答えはしないでおいた。

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