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日が落ちる。 夕空にカラスの翼が翻り、足元には人懐っこい影法師。 宵闇を従えて彼はやってきた。 「可哀想な岬」 歩道橋の欄干に顔を伏せ、かつての担任の真似っこをしていた岬は驚いた表情で宵闇の引率者を出迎えた。 「濡宇朗? お前なんでこんなところにいるんだ?」 詰襟をきちんと着込んだ濡宇朗はブレザーをだらしなく全開にした岬の隣へ。 自分も欄干に両腕を乗せ、急な登場に戸惑っているヤンキー淫魔を覗き込んだ。 「岬がつらいときはいつだってオレがそばにいてあげる」 ……まぁ、偶然通りかかったんだろうな、下から俺のこと見かけて来てくれたんだろう。 「ありがとな」 友達として岬が感謝を告げれば濡宇朗は赤く艶めく唇を歪めた。 「そんなに淋しがらないで?」 いつになく虚ろに沈んでいた吊り目が俄かに見開かれた。 屈めていた上半身に濡宇朗がそっと背後から抱きついてきて、今までにない、やたら手厚いスキンシップに十代思春期男子の羞恥心はむくむく膨らんだ。 「おい、濡宇朗、からかってんのか」 「まさか」 「ハズイからやめろよ……人に見られんだろ」 「ヒトなんかどうでもいい」 確かに歩道橋を利用する他の通行人の注目を浴びていたが、濡宇朗は一切気にする素振りも見せず、反対に照れくさそうにしている岬にひっそりと笑いかけた。 「オレは岬のこと心配なだけ」 なんだろな。 慣れねぇし、恥ずかしいのに。 ほっとするっていういか。 濡宇朗といると落ち着く。 同種だからか? でも阿久刀川さんとも違うし、志摩センセェとも違う……ほんと、なんだろな、これ……心音が同調するっつぅか……タメの淫魔筋同士ならではのリラックス感なんだろうか……。 「オレが慰めてあげようか」 濡宇朗の温もりに身を委ねかけていた岬は、がばりと、欄干から身を起こした。 唐突な振舞に機嫌を損ねるでもない濡宇朗をじっと見下ろした。 「慰め役は一人に限定しなくてもいいんだよ?」 「ッ……何、言って……」 濃厚な夕闇がよく映える蝋色の肌。 逢魔が刻を境に妖しさの増していく双眸を淡く濡らして濡宇朗は岬を誘う。 「同種以上の繋がりをオレに感じない?」 手をとられ、ほっそりした指が五指に絡みつき、岬は小さく息を呑んだ。 身長170にも満たない、少女じみた容貌をした彼の些細な拘束も振り解けずに、黒目がちな瞳に視線まで捕らわれた。 「オレは岬のこと大好き」 つい先程まで気にしていた通行人の存在すら忘れ、甘い呪いさながらな告白に鼓膜まで痺れさせた。 「オレのすべてを捧げてもいいくらい」 その場で凍りついている岬の有り様に、濡宇朗は、密かに愉悦した。 男らしく発達した頼もしい肩に両手をかける。 爪先立ちになり、背伸びして、自分以外に対して五感が麻痺しているヤンキー淫魔にさらに顔を近づけた。 「だから岬も」 「は……?」 「オレにちょうだい」 「な、に、を……」 褐色の頬に蝋色の両手を這わせて。 蛇の如き獰猛な舌を唇奥に潜ませて。 濡宇朗は飽くなき欲望の鎌首を擡げた。 「ありとあらゆる純潔」 あ。 食われるーー 「岬!!」 その呼号に。 麻痺していた岬の五感は再起動を始めた。 顔に顔を寄せていた濡宇朗を咄嗟に全力で突っ返して。 掴んだ細い肩越しに、歩道橋の階段を駆け上ってきた志摩を見た。 「センセェ」

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