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通学用のリュックを背負った志摩は足先にすっかり馴染んだ黒スニーカーで、そのまま速度を緩めずに生徒の元へやってきた。 放任しがちではあるが、一応山岳部顧問、平均値以上の基礎体力を身につけている教師は正常な呼吸を保って岬を見下ろした。 「阿久刀川に連絡をもらった」 「あ……」 「お前が相当参ってるみたいだって、帰りがけに電話が来た」 「……」 ろくな反応を返さない、ただ自分をぼんやり見つめてくる岬に志摩は怪訝そうに首を傾げた。 「岬、どうした、大丈夫か」 「痛いよ」 岬も志摩も、深々と項垂れた濡宇朗に二人揃って目線を落とした。 「痛い、岬」 岬ははっとした、つい全力で握り締めていた細い肩を慌てて離すと「悪ぃ、ごめん、濡宇朗」と謝った。 「友達か」 「あ……うん、俺のダチの濡宇朗」 「友達と歩道橋でキスするなんて目立ちたがりだな」 岬は……みるみる頬を紅潮させた。 「うるせぇ」 「それからな。阿久刀川には構わないが黒須さんに迷惑はかけるな」 「ッ……うるせぇ、別に迷惑かけてねぇ、つぅかもう俺の担任じゃねぇだろーが、あっちいけ」 「人の目もある場所で度を超えた過激行為に走るんじゃない。学校に苦情の電話が入る。お前の外見は特徴的だからすぐに特定される」 うるせぇ、うるせぇ、うるせぇ。 俺のことなんかどうでもいいくせに……。 「コレが例のセンセイかぁ」 岬と志摩は、再び、項垂れたままの濡宇朗に二人揃って目線を落とした。 「想像以上、いけ好かない奴過ぎて虫唾が走る」 岬と志摩は思わず顔を見合わせた。 「俺について友達にどんな説明をしたんだ、岬」 「んな、別に、同じ淫魔でドミナントだけど教師やってるって、そんくらいーー」 「特別な関係だっていうのはセンセェの話をするときの岬の表情でわかってたよ、オレ」 「は!? センセェとは別に特別な関係でも何でもねぇッ! 同種のよしみで!? 単なる同情で慰められてるだけだ!」 通行人の何人かが振り返り、眼鏡をかけ直した志摩はため息をついた。 「二年生に進級したっていうのに入学当初から微塵も成長していない」 いつにもまして刺々しい台詞。 岬はぐっと眉根を寄せた。 そのときだった。 不意に濡宇朗がそれまで伏せていた顔を上げたかと思えば、胸倉を掴んで強引に引き寄せ、拒む隙も与えずに……キスをした。 岬ではなく志摩に。 「……は……?」 目の前で起こった出来事が理解できずに岬はまたしてもかたまった……。

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