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10-淫魔ヤンキー、十七歳になる
梅雨全線がしぶとくうろつく七月上旬。
雨の降り頻る放課後、一学期の期末テストで赤点を取った岬は空き教室で追試を受けていた。
「残り十分」
最前列の席に横向きになって着席した志摩がご丁寧に残り時間を告げる。
すべての回答を埋めていたヤンキー淫魔は机にだらしなく俯せていた顔を上げ、資料を読んでいる社会科教師の横顔を見やった。
教室を明々と照らし出す蛍光灯。
窓の外は薄暗い。
時折、遠くでゴロゴロと雷が鳴っていた。
……放課後の追試とか補習で志摩センセェとえろい雰囲気になるつもりだったのによ……。
わざと地理の授業で赤点を取っていた岬は、内心、不貞腐れていた。
『美人教師がいたら赤点取ってもウハウハだよなー』
『赤点取ったらダメージ大じゃねぇか、ウハウハどころじゃねぇだろ』
『わかってないなー、中村ぁ。二人きりの個人授業で? 君だけに特別なコト教えてあげるわよ? みたいな? エロエロウハウハ展開あるかもじゃん!』
『さっすが童貞は言うこと違うね』
『童貞で悪いか!』
『……』
友達の話をまんまと真に受け、これまでの試験では全科目で平均点以上を取ってきたというのに、大部分の回答記入を放棄した。
志摩の出すテストは選択問題が多い。
中にはありえない選択肢が用意されていて、正解がわかりやすく、生徒の間では好評だった。
全科目において志摩の授業に最も集中していた、中間考査では九十四点だった、そんな輝かしい成績を捨てて改めてエロエロウハウハ展開を期待した、その結果。
「あの、志摩先生、延長できませんか」
「どうしても地名を思い出せない問題があって……」
楽勝だと謳われている地理で自分以外にも赤点を出した同級生が複数名おり、みんなで仲良く追試を受ける羽目になった。
「甘ったれたこと抜かすな!!」
志摩の代わりに岬に堂々と叱られてビクッと怯える同級生たち。
「つぅかこんな楽勝テストで赤点取ってんじゃねぇぞ!? 日本全国郷土料理問題の選択肢にタピオカとかパンケーキ入ってんだぞ!! 自然と回答導き出せんだろうが!!」
わざわざ立ち上がって叱咤してきた同級生ヤンキー、共に追試を課せられていた一同はビクビクが止まらず、志摩は肩を竦めてみせた。
「岬、カンニングと見做すぞ、直ちに席に着くように」
こんなん予定と違う!
エロエロウハウハどこいったんだよ!
夜になっても雨は本降りのまま地上を濡らし続けた。
「飯作ってやるから部屋上げてくれよ、センセェ」
帰宅したばかりの志摩は七時過ぎに我が家を訪れた岬に僅かに眉根を寄せた。
「帰れ」
「ひでぇな、ちゃんと野菜も買ってきたっつぅのに」
岬は片手に持参のエコバッグを提げていた。
片方の肩がやたらと濡れている。
雑居ビルの軒先でちゃんと雨滴を払い落としてきたものの、ビニール傘の先からは雫が垂れ、薄明るい廊下には雨の跡が点々とついていた。
「そっちの誰かさんは傘を持ってこなかったのか」
岬の隣には……濡宇朗がいた。
まるで恋人のように岬の片腕にぎゅっと抱きついていた。
「相合傘、羨ましい? クソ志摩?」
「その言い方やめろよ、濡宇朗」
「岬、怒っちゃヤダ」
ヤンキーと美男子の凸凹カップルみたいな二人を前にし、志摩はため息を押し殺した。
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