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容赦のない日差しが地上を照りつけ、アスファルトの向こう側で陽炎が揺らめく正午。 「……濡宇朗……」 つい先程、一学期最後のホームルームが終了した。 クラスメートに声をかけて我先にと教室を出、生徒用玄関から炎天下の外へ踏み出し、岬は思わず立ち止まった。 中庭の木陰に出没した妖しげな美少年の幽霊……ではなく、相変わらず詰襟を着用して立っていた濡宇朗に呆気にとられた。 「こんなとこまで入ってきたのかよ?」 学校の敷地内に現れるのはさすがに初めてで、呆れつつもそばへ歩み寄れば、濡宇朗はうっそりと笑いかけてきた。 「終業式、お疲れさま」 そう言って、いつも通り汗一つだってかいていない彼は、うっすら汗をかいていた岬の額を撫でた。 「センセェに見つかったら怒られんぞ」 「今日は特に暑いね」 「濡宇朗に言われても説得力ねぇな。ほら、行くぞ」 「うん」 他の生徒も続々と中庭に現れ始めた。 あからさまに物珍しそうに注目されても平然としている濡宇朗に失笑し、岬は、彼を伴い校門に向かって歩き出した。 「濡宇朗だけ別の季節にいるみてぇだな」 「日焼けしたくないからこんな格好してるだけ」 「何も学ランで重装備しなくたっていいだろ」 「岬がオレの日除けになってくれる?」 「日傘買えよ」 「日傘より岬がいい」 濡宇朗は不要なまでに岬にくっついて愛らしくじゃれつく。 ブランドタオルを首に引っ掛け、制服シャツのボタンを上下一つずつ外し、限界までネクタイを緩めた岬は艶やかな黒髪を何とはなしに撫でる。 「お前、髪までヒンヤリしてる」 二人は今にも手を繋ぎそうな恋人同士のように寄り添い合って乾いた歩道を歩いていった。 ぐるりと反転した空模様。 不穏な雨雲に唐突に覆われて降り出した雨。 街はあっという間にしとどに濡れた。 「天気の変わり方えげつねぇ」 早めの夕食の後片付けをささっと済ませた岬は、ブラインドを上げた洋室の窓から外を見、ポロリと独り言を呟いた。 「ツンデレみたいな天気だな」 予想外の返答があった。 振り返れば、革張りのソファにつき、前のめりになってノートパソコンを規則正しく叩いている志摩が視界に写った。 帰宅し、ざっとシャワーを浴びて学校にいるときと大して変わらない部屋着に着替え、食事の準備を始めていた教師。 冷蔵庫には小さい頃から岬が好物にしているクリームプリンも入っていた。 それなのに部屋のドアを開けてくれたときからその眼差しは小さなトゲを隠し持っていた。 『学校に濡宇朗が来てたな』 ……また見られてたのかよ。 ……一体どこから見てんだ、志摩センセェ。 『うん、いつも忽然と現れんだよな』 『ストーカーみたいだな』 『ストーカーじゃねぇけど。今日さ、早めに飯食わね? 濡宇朗が花火見たいって言うからちょっとだけ付き合ってくる、そんでまたココに戻ってくっから』 志摩は返事をしなかった。

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