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「夜通し雨曝しでいさせればいい」 「は? ほんと……さっきから何言ってんだよ? 選ぶとか意味わかんねぇ……濡宇朗とセンセェのどっちかを選ぶ必要なんかねぇだろ……」 「現にお前は濡宇朗を選ぼうとしてる」 「だから戻ってくるって言ってんだろ!?」 また雷が鳴った。 先ほどよりも物々しげに大気を震わせて鼓膜を脅かした。 「濡宇朗は一緒にいて当たり前っつぅか……心音が同調するみてぇな……アイツが隣にいると落ち着く……センセェとはまた違う、別の……俺の居場所なんだよ……」 岬は濡宇朗に対する感情をありのまま志摩に伝えた。 「ッ、志摩センセェ?」 聞き終わるなり、仰向けだった自分の体をうつ伏せにして背中にのしかかってきた志摩に焦燥した。 「やめろよ、もう行かねぇと、濡宇朗が……」 きつく握り締められたばかりのペニスが外気に取り出される。 たった今までの乱暴な振舞が嘘であったかのように優しく甲斐甲斐しく愛撫される。 弄ばれているとしか思えない急激な切り替えについていけずにその手を振り払おうとした岬に志摩は囁いた。 「戻ってこなくていい」 ソファに突っ伏した岬は目を見開かせた。 聞き間違いだ、幻聴だと思い込む余地も与えさせずに志摩は畳みかける。 「コレは責任もって処理してやる」 「志摩センセェ……?」 「お前に触るのは今日で最後だ」 ーーもうここには来るなーー 心は竦み上がって。 志摩に触れられている体は昂ぶるばかりで。 目に見えない刃に心と体が切り離されでもしたのかと岬は思った。 「濡宇朗」 ビニール傘を差した濡宇朗は約束通り歩道橋の上で岬のことを待っていた。 「遅れてごめんな」 濡宇朗は首を左右に振った。 雷鳴は遠退き、雨は降り続き、普段よりも人通りの少ない夜の歩道。 大抵の通行人が傘を差している中、岬は志摩に渡されたビニール傘を差さずに片手にただ携えただけで、その身を雨に曝していた。 濡宇朗は特に何を言うでもなかった。 腕を伸ばして自分の傘を頭上に高々と掲げ、隣に並んだ。 「選べねぇよ」 ポツンと落ちた岬の独り言も聞き流した。 真夏の夜の雨、蠱惑的な色香を一段と匂い立たせる濡宇朗の右耳では、暗闇の一滴さながらなブラックダイヤモンドが湿気た夜気に鈍い光を放っていた……。 高校一年の冬休み、志摩が双子の妹を拒絶する瞬間を岬は目の当たりにした。 『ここに来るのは今日で最後にしろ』 自分自身も志摩に拒絶されるなんて想像もしていなかった。 心はどん底へ真っ逆さま。 それなのに体は「とめどなき淫欲」に支配されて簡単に絶頂まで上り詰めた。 「センセェとデートしたかったな」 岬にとって生まれて初めてだった。 身も心もずぶ濡れになった、淫魔である自分がこんなにも嫌になった誕生日は。

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