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せっかくの休日なのだから百合也には自宅でゆっくりしてもらうようにし、岬は一人最寄りのスーパーへ出かけた。
豚肉や厚揚げ豆腐などは冷蔵庫にストックがあり、サツマイモと大根と長ネギを購入し、持参のエコバッグに詰め込んでいたら。
「晩ごはんのおかず?」
「ッ……濡宇朗、びっくりさせんなよ」
毎度の神出鬼没ぶりでいきなり脇から顔を出した濡宇朗に岬は肝を冷やした。
「お前、夏休み中でも制服着てんのか、補講か何か受けてんのか?」
「そんなところ」
詰襟姿の濡宇朗は岬がせっかく詰め込んだ野菜をわざわざ取り出すと、袋詰めをする作業台の上で猫みたいにじゃれついた。
「行儀悪ぃぞ」
注意するとさっと手を引っ込め、苦笑した岬は野菜を再度エコバッグに詰め、買い物客で賑わうスーパーを後にした。
夕方の六時を回ってようやく暮れてきた空。
それでも涼感からは程遠く、熱帯夜が予想される暑さに見舞われていた。
「暑ぃ」
片腕に平然とじゃれついてしがみついてきた濡宇朗が暑苦しく、しかし振り払うような邪険な真似には至らず、岬はやっぱり彼の好きなようにさせてやる。
「今から夜デートしよ」
「は? もう帰るぞ、俺」
「オレ、岬が話してた赤と黒のお店に行ってみたい」
「阿久刀川サンの店のことかよ? じゃあ明日連れてってやるから」
「今日がいい」
聞き分けの悪い恋人みたいに濡宇朗は駄々をこねる。
世話焼きで苦労性な恋人みたいに岬は肩を竦めてみせる。
「俺んち来るか。すぐそこだし。豚汁食っていけばいい」
黒目がちの双眸が前方を直視している吊り目をまじまじと見上げた。
「ゆ……オヤジがいるけどな」
「行かない」
「ッ、腕に爪立てんな、痛ぇよ」
「あ、ほら、丁度いいところにタクシーが来た」
岬は唖然とした。
通りかかったタクシーを停め、冷房の効いた車内にするりと乗り込み、悪びれる素振りも一切なく真顔で自分を手招きする濡宇朗に呆れ返った。
……仕方ねぇな。
……「UNUSUAL 」で濡宇朗に何か食べさせて、俺はチョコムースだけ頼んで、さっと帰るか。
岬は渋々乗車した。
肌寒いくらいの車内で運転手に行き先を告げれば、タクシーは混み合う表通りを避けて裏通りへと滑らかな速度で発進した。
「岬と晩ごはんデート」
自宅にいる百合也にメールを打とうとしたら、横から濡宇朗に過剰にじゃれつかれ、途中で断念した。
岬の父親はマイペースな性格だった。
豚汁を作ってと注文しておきながら常備しているカップラーメンで今頃すでに夕食を済ませていてもおかしくなく、帰宅が遅れることにそこまで罪悪感は抱いていなかった。
「八時までには帰るからな」
「何食べようかなー」
とことんマイペースな濡宇朗に寄りかかられ、シートに深く背中を預けた岬は、漆黒の髪の狭間に覗く右耳のピアスに目を留めた。
濡宇朗、気がついたらピアスしてたんだよな……。
俺のとよく似てる。
まぁ、こんなデザイン似たり寄ったりで珍しくもないか。
……「UNUSUAL」で志摩センセェと鉢合わせしなきゃいいな……。
「濡宇朗君じゃないか」
店の近くで停車してもらい、岬が料金を支払い、タクシーを降りてから数メートルも進んでいなかった。
閑静な裏通り。
二人の視線の先で慌ただしげに歩道に横付けにされたドイツ生まれの高級車。
急いた様子のドライバーはアスファルトに降り立つと、ストライプスーツの裾をはためかせて濡宇朗の真正面に足早にやってきた。
「昔とちっとも変わらない。一体いつ、この街に戻ってきたんだい」
岬は首を傾げた。
妙に引っ掛かる台詞に無視できない違和感を覚えた……。
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