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「でも、よかったのかよ、あの女の人から離れて」 ダンスフロアの中央から壁際へ連れて行かれ、改めて志摩と向かい合った岬は苦虫を噛み潰したみたいな顔で問いかけた。 「カクテル譲ってやった隣の女の人と今からデートじゃなかったのかよ」 死んだ魚の目と揶揄される双眸を志摩は見張らせる。 エコバッグの取っ手を握り締めて伏し目がちでいる岬に何か言いかけて、やめ、バーカウンターの方へ顔を向けた。 「彼女は恋人との待ち合わせにこの店をよく使うんだ、ほら、丁度相手がやってきた」 ソファが並ぶスペースの向こう、二杯目のカクテルに口をつけていた彼女に一人の青年が声をかけ、隣に腰掛けるのが見えた。 「あ……そっか、彼氏がいたんだな」 「彼氏じゃない。男に見えるけど彼女の恋人はインキュバス筋の女性で劣性(レセシブ)だ」 志摩に言われて岬はもう一度バーカウンターに目をやった。 背が高く、体型も骨格も男性にしか見えない淫魔筋の彼女が隣の彼女と楽しげに話をしている様子に吊り目を瞬かせた。 「淫魔の性」と生まれ持った性別が相違してるレセシブ。 サキュバス筋で男の濡宇朗もそのカテゴリーに属している。 レセシブの彼らは第二次性徴期を経て「淫魔の性」の生殖器を有する定めにあり、生まれ持った本来の性別の生殖機能は極端に低いと言われていた。 「上のVIPルームにいるのかもしれない」 劣性淫魔とヒトの恋人同士に傾きかけていた岬の意識は志摩の言葉によって現実に引き戻された。 「高級スーツに高級車、羽振りがいいのならランクの高いプレミアム席で寛いでる可能性もある」 「あー……」 「行こう」 志摩が歩き出し、岬は後を追う、後ろ髪を引かれて振り返ってみたが躍動感ある人波に遮られて彼女らを望むことは叶わなかった。 中二階のVIPフロアへ行くには専用のエレベーターに乗る必要があった。 「どうもこんばんは、先生」 入り口近くのエレベーターホール、インカムをつけてスタンバイしていたスタッフは近づいてきた志摩にそう声をかけた。 「VIPフロアに知り合いがいるから挨拶に行きたい」と言えば、訝しそうにするでもなくガラス仕上げのシースルーエレベーターに乗せてくれた。 オーナーである阿久刀川の知り合いはそれ相応の肩書に値するらしい。 上のフロアにいた正装のスタッフに咎められることもなく、L字型になっている中二階の通路を平然と進む志摩に岬の胸はチクチクした。 「センセェ、来たことあるんじゃねぇの」 「阿久刀川に誘われて何回かある」 「女の人もいたんじゃねぇの」 「岬、俺の顔ばかり睨んでいないで周りをちゃんと見ろ」 隣を歩く志摩に棒読みで注意され、女性の有無をはぐらかされて内心悄気つつ、岬は紫煙で霞むVIPフロアへ視線を巡らせた。

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