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夜の九時を過ぎても人の行き来が絶えない裏通り。
口数の多い濡宇朗を余所に岬と志摩は黙々と進み、定休日であったはずの洋食レストランに到着した。
「岬君、大丈夫?」
階段下の入り口で待っていた黒須に岬は気まずそうに頷いてみせる。
「病院に行かなくて本当によかったの?」
「みんな大袈裟っすよ……ていうかスミマセン、定休日なのにわざわざ店開けてもらって」
「ううん、店は閉めてたけど中で掃除とか事務作業やってたから、ほら、おいで」
「スミマセン、黒須サン」
日頃から親切にしてくれるが、たまに阿久刀川限定でバイオレンス臭を漂わせる黒須に頭を下げ、岬は洋食レストランへ入店した。
赤と黒がせめぎ合う、視界には刺激的な内装だが、現在はカウンターの照明のみ、好ましい静寂と薄暗さと空調に保たれていた。
クラブの騒々しさに疲弊していた五感が癒やされていく。
深紅の帳 に覆われたVIP席の半個室に通されると眠気が押し寄せてきた。
「横になっていいよ、ちょっと眠ったらいい」
前掛けエプロンは見当たらず、こざっぱりした普段着姿の黒須の気遣いに甘え、岬はソファに横になる。
「膝枕してあげる」
「……お前の膝、骨張ってそうだから遠慮しとく」
自分にくっついてVIP席に入り込んできた濡宇朗に苦笑いし、岬は、首を傾げた。
「濡宇朗、お前、学ランはどうした」
「あ。あの部屋に忘れてきちゃった。今頃あのクソ野郎のオカズにされてるかも」
「……、……あれ」
岬はやっと気がついた。
ズボンのポケットに入れておいたはずのスマホがなくなっていることに。
……殴られたときに何か落ちたと思ったら、あれ、スマホだったのか。
……仕方ねぇ、今日は店側に色々面倒かけたし、明日取りにいこう。
「ねぇねぇ、岬、おねむ? 子守唄いる?」
「濡宇朗、静かにしてやれ、岬が寝れない」
「うるさい黙れクソ志摩」
「初めてのお客様向けサービスがあるんだけど、チョコレートムース、食べるかな」
「食べる」
注意してきた志摩には噛みついた濡宇朗だが、黒須の好意は素直に受け取り、帳の外側へと出て行った。
半個室に残された岬は寝返りを打つ。
サンダルから自由になった両足を窮屈そうに曲げ、背もたれに身を寄せ、横向きに丸まった。
「血湧き肉躍る痴話喧嘩に巻き込まれたとか、店長が意味不明なこと言ってました」
「あのケガは俺のせいで負ったんです」
「志摩先生のせい? 志摩先生、誰かと痴話喧嘩したんですか?」
「……阿久刀川の説明には語弊しかありません」
帳の向こうから聞こえてきた志摩と黒須の会話に岬は声を立てずに笑った。
自分のために抑えられた彼の声が耳に心地よく、深く安心し、そのまま睡魔に身を委ねた。
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