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「岬はオレのだよ」 岬は我に返った。 志摩に五感を傾ける余り、濡宇朗が片腕により強くしがみつき、爪まで立てていることにちっとも気づかなかった。 「……濡宇朗、痕になってんじゃねぇか」 「岬がオレのこと無視するから」 振り落とされまいとする仔猫のように全力で爪を立てられて岬は思わず顔をしかめた。 「濡宇朗、やめろーー」 注意しようとした志摩を濡宇朗はあからさまに威嚇した。 志摩自身には手を出さず、岬にギリギリと五指の爪を食い込ませ、暗闇の猫を彷彿とさせる黒目がちの双眸で外敵と見做した教師を睨めつけた。 「岬はオレの、この子はオレだけのもの、誰にもやらない」 岬はまだ自分の手を握ってくれている志摩と視線を通わせる。 二人の脳裏にはクラブのプレミアムルームで目の当たりにした濡宇朗の狂気がありありと蘇っていた。 あの殺意を振るわれたら。 目の前で傷つけられたら。 そう思うと岬も志摩も互いの身を案じ、濡宇朗を引き剥がすのに躊躇してしまう。 どうしたらいいのか、誰も傷つかずに穏便に済む方法はないか、必死になって解決策を導き出そうとしていたところへ。 「ただいまー」 出入り口の赤い扉が開かれるなり場違いなほどに呑気な声が響き渡った。 阿久刀川だ。 上機嫌で店内に入ってきたかと思うと、扉のすぐ前で発生しかかっていた一悶着に悠然と首を傾げてみせた。 「手繋ぎ鬼でもしてるのかい、楽しそう、僕もまじりたいな」 「俺の手を握るな、阿久刀川……外に誰か連れがいるのか……?」 「そうだよ、お客様だよ、僕がずっと会ってみたかったあの人だよ、びっくりだよ、あれ、新品の消毒薬が落ちてるよ? 誰のかな?」 阿久刀川が連れてきた客に志摩は驚きの表情を浮かべた。 岬も同じく面食らっていた。 切羽詰まって慌てふためいていたはずが、まさかの人物の来店に全神経をもっていかれた。 「……百合ちゃん、なんでここにいるんだよ……?」

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