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閉ざされた深紅の帳。 ファッションショーのランウェイばりに見栄えのいいウオーキングでチェス盤じみたフロアを突き進んだ百合也は、むんずと掴み、開け放った。 「……濡宇朗……」 ソファの端っこで濡宇朗は丸まっていた。 明らかに怯えている。 細い肩が微かに震えていた。 「大切な息子に何してくれてるの」 急に底冷えした声色に、拳をかためた百合也に、岬は仰天する。 「百合ちゃんーー」 止める暇もなかった。 白百合色の髪がふわりと鼻先を掠め、勢いよく振り上げられた拳の行き先を見届けることしかできなかったーー 「ッ……痛い!!」 てっきり、うっかり、父親が怒りに任せて濡宇朗を殴ると危惧した岬は拍子抜けする。 百合也はブラックダイヤモンドが耳たぶに煌めく右耳の上部を思いきり抓っていた。 そのままVIP席から濡宇朗を引き摺り出し、床にゴロリと転がし、またしても瞬時に丸まった彼を冷ややかに見下ろした。 「痛い、痛い……お耳が千切れちゃった……」 ぼそぼそと聞こえてくる泣き声に舌打ちする。 聞き慣れない家族の舌打ちに岬は若干ヒいた。 「千切れてなんかいないわよ。千切ってやってもいいけど、右のお耳」 「わぁぁ……ん」 「いけしゃあしゃあと私のプレゼントなんか身につけて、本当、世界で一番憎たらしい淫魔」 岬は、反射的に、自分の左耳に触れた。 『形見として岬が持ってなさい』 ずっと昔、そのピアスを渡された際、百合也と交わした会話を思い出した。 『おれのかーちゃんって死んだんだっけ? 行方不明になったんじゃねーの?』 『今頃どこかのお花畑で干乾びてるかもしれないし。形見ってことにしておきましょう』 『百合ちゃん、ひでぇ』 「百合ちゃん、濡宇朗って」 床に丸まって愚図っている濡宇朗を見下ろしていた百合也は、隣に立つ岬に向き直り、告げた。 「世界で一番いとおしい子。濡宇朗は貴方のママよ」

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