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それはあまりにも衝撃的な事実だった。
「ママって……母親ってことだよな……」
同年代で気心のおけない同種の友達が、まさか自分の母親だったとは到底鵜呑みにできずに、岬は至極当たり前のことを呟いた。
「濡宇朗……男じゃねぇか……男なのに俺を産んだのかよ……」
「レセシブの彼なら全く問題ないことだよ、岬くん」
阿久刀川が飄々と言い、黒須はマイペースな雇用主の脇腹に肘鉄をお見舞いした。
志摩もまた衝撃の事実に驚きを隠せずにいた。
一先ず自分自身の感情の整理は後回しにし、ひどく動揺している岬に無言で寄り添う。
手足を縮め、胎児みたいに丸まってシクシク泣く濡宇朗を足元にし、百合也は我が子とその元担任を見つめた。
『私と岬を置き去りにして蝶みたいにどこかへふわふわ飛んでっちゃったわ』
『あの翅に絞め殺されるのなら本望なのに』
そうか。
あのスーツ男の言葉が頭に引っ掛かったのは「蝶」と「翅」がリンクしたからか……。
「なんで黙って隠してたんだよ」
庇護欲を掻き立てる華奢な肩がビクリと震えた。
小さな顔を覆っていた両手越しに濡宇朗は恐る恐る岬を見上げた。
「ッ……濡宇朗」
いきなりガバリと起き上がったかと思えば抱きついてきた濡宇朗に岬はまごついた。
「怒らないで、怒っちゃやだ」
こどもみたいに泣きべそをかいて岬にしがみつく濡宇朗に、百合也は、静かに腸を煮えくり返らせる。
「オレのこと怒らないで、ポイしないで」
「ねぇ、どの口が言ってるのかしら。そろそろ本格的にキレてもいいのかしら、私」
「キレないで、百合也ぁ」
かつて百合也と濡宇朗は友人関係にあった。
蜜を求めて花から花へ舞う蝶のように、ヒトの男をとっかえひっかえ、危ういくらい奔放的だった濡宇朗のことを百合也は呆れながらも見守っていた。
セーフティーを心がけ、ヒト限定で索餌能力をはたらかせて飽くなき性欲を満たしていた濡宇朗は、優しい百合也を唯一の心の拠り所にしていた。
一夜だけ褥 を共にした二人。
ヒト相手の異種交配が正常であり、淫魔同士の同種交配による受精はメカニズム上ほぼ不可能であり、二人は互いを隔てる薄膜を不要とした。
その結果、濡宇朗は奇跡を授かった。
『みんなで楽しく幸せに暮らしましょうよ、濡宇朗』
『うん』
優しく面倒見のいい百合也と家庭を築くのも悪くない、そう思い、濡宇朗はとことん過激だった蜜吸い行為をやめて落ち着くことを選んだ。
そして岬を産み落とした。
産み落として、間もなくして、ばっくれた。
百合也と岬の前から忽然と姿を消したのだ。
過去に百合也にプレゼントしてもらったピアスの片方だけを残して。
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