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「岬に偽名を使わなかったのだけは百歩譲って褒めてあげる。我が子との会話を経由していつか私に知られる覚悟があった、そう思いたいわ。でもいざこうして面と向かって会うと逃げ出して丸くなる始末。しかも岬に縋るだなんて、前にもまして面の皮が分厚く頑丈になったものね、濡宇朗」 ほぼほぼ十七年振りの再会。 「岬、ちっちゃくて、簡単に壊れそうなくらいちっちゃくて、怖かった」 濡宇朗は自ら手放した我が子の胸に頬擦りした。 「それにオレこんなだし。衝動的で危なっかしいって百合也に散々言われてきたし。ちっちゃい岬を傷つけたらどうしようって、すごくすごく怖くなって、育てられる自信なくて、逃げちゃった」 ため息すら出てこない百合也はしなやかな両腕を組む。 余計な口を挟まないよう、阿久刀川は黒須の両手に当の口を塞がれていた。 「ほんとのこと黙っててごめんね、岬」 泣き濡れた黒目がちの双眸で濡宇朗は黙りこくっている岬を見上げた。 「岬に嫌われたくなくて言えなかった」 かつてこの街で関係のあったスーツ男との邂逅に内心焦り、速やかに遠ざけたく、事実を知られたくなかった濡宇朗は岬から離れた。 百合也と岬の元を離れてからは、爛れきった性生活に戻る気にもなれず、援交詐欺やら添い寝屋やらパパ活やらで生計を立て、ネカフェなどでその日暮らしを長らく続けてきた劣性(レセシブ)淫魔。 その身の母胎で(はぐく)まれた共優性(コドミナント)のインサバスを改めて見つめ直した。 「あんなにちっちゃかったのに、よく、こんなに大きくなったね、立派になったね、かっこよくてきれいで、宝石みたい、こんなに元気に育って、育てた百合也はすごいね」 「当たり前じゃないの」 百合也はすかさず自画自賛した。 背伸びした濡宇朗は岬の褐色頬に両手をあてがう。 蝋色の指先は彼自身の涙でほんの僅かに湿っていた。 「バカなママでごめんね、岬」 「心音が同調したのは俺の母親だからなんだな」 濡宇朗はパチクリと目を見開かせた。 新たな涙で濡れた蝋色の指。 透明な雫が伸びかけの爪に満ちた。 「嫌いになるわけねぇだろ」 ……きっと、どこかで、幸せに暮らしているだろうと信じていた。 ほら、やっぱりな。 干乾びてなんかいなかった。 今、ここに、俺の目の前にいる……。 「生きててくれてよかった」 小さな頃から注射も留守番もホラー番組も平気だった岬は久し振りに泣いた。

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