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「こっちも消毒するか」
革張りのソファとガラステーブルの間に座り込んでいた岬は、腕に残る爪痕を指差した志摩に吹き出した。
「そっちはいいよ、すぐに消えんだろ」
「UNUSUAL」で岬が誰と一緒にいたいか決断した直後、自分にしがみついていた濡宇朗は百合也によって引き剥がされていった。
『そうね、たとえ淫魔筋でも最低限持つべき倫理観を今夜一晩かけて濡宇朗に叩き込むことにするわ』
『岬ぃ……』
『岬のこと、お願いしますね、志摩先生』
「恋愛感情があるのかと思ってた」
岬は、ダストボックスを手繰り寄せて脱脂綿を捨てた志摩の横顔を凝視した。
「濡宇朗に? それはねぇよ、元からアイツにそーいうモンは一切感じてなかった。俺が濡宇朗に抱いてたのは……親子の絆みたいなモンだったんだよ」
「そう。じゃあ俺は見当違いの嫉妬を抱いてたってわけか」
「……そういう勘違いさせて、不安にさせて、ごめん」
「謝らないでいい。終業式の夜、お前の誕生日に、俺はもっとひどいことをした」
冷房をフルに効かせて快適に冷えた室内。
五分袖シャツに隠れている岬の二の腕に手を添え、濡宇朗がつけた爪痕を、志摩は浅く優しく爪の先でなぞった。
「上書き」
痕にもならない微かな愛撫だった。
「そんな処置あるかよ」
「また宿題出してもいいか」
「は?」
「今回は明日までに回答出すように」
「それって……」
シャツの袖下に手を潜り込ませ、二の腕の太さを戯れに確かめてくる志摩に、岬はくすぐったそうに笑った。
……やっぱ疲れてんだな、俺。
……登校日で久々に早起きしたし、あっち行ったりこっち行ったり、初クラブでは陽キャのパリピ共にもみくちゃにされた。
いい加減、この辺りで判断力鈍って血迷ったっておかしくねぇよな。
「好きだよ、センセェ」
岬は志摩に告白した。
俯き気味でいた志摩は顔を上げ、真っ直ぐに自分を見つめる吊り目を見返し、そして。
思いきり吹き出した。
腹を抱え、これまで誰も目にしたことのない有り様になって、一度だって聞いたことのない素っ頓狂な笑い声を発した。
「あーあ……びっくりした……」
レンズ下で涙に滲む目尻を拭い、眼鏡をかけ直し、岬の両手を力いっぱい両手で握り締める。
「嬉し過ぎて思わず笑っちゃった」
そのまま思いっきり岬を抱きしめた。
大好きな温もりに包み込まれた岬は、顔中熱くなって、止め処なく込み上げてくる喜びに息苦しくなって呻いた。
「笑うなよ、ひでぇ教師……」
「あんまり嬉しいと淫魔って爆笑するんだな、初めて知った」
「淫魔によると思うぞ……」
「今、キスしたら凍みるかな」
「……消毒薬の味、するんじゃねぇの」
「なぁ、明日の朝昼ごはん、豚汁作ろう」
「そーだな……サツマイモと大根と長ネギはあっから……足りねぇ分は買ってきて……ジャガイモも入れてやるよ……」
「岬、寝かかってないか? ここで寝たら風邪引く……」
二人の渇きは、今やっと、満たされた。
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