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12-淫魔ヤンキー、高三になる

こぢんまりしていて殺風景な学校の面談室にて。 折り畳みテーブルを挟んで岬は志摩と向かい合っていた。 「進路希望調査票には店の手伝い、そう書いてあるけど」 ミーティングチェアに深く腰掛けた志摩は事前に提出されていたプリントを見、質問する。 「やっぱり大学に進学する気はないんだ?」 「ねぇ」 背もたれに踏ん反り返ってお行儀悪く足を組んだ岬は即答する。 高校三年生に進級して初めての二者面談。 クラス担任が再び志摩になり、浮かれてはしゃいで学級委員長にまで何食わぬ顔で立候補し、最後の一年間となる高校生活、ヤンキー淫魔は好調なスタートを切っていた。 「店の手伝いって、ホストになるつもりか」 「ならねぇよ、ウェイターだって」 「ああ、いわゆる黒服ってやつか」 「そんな大層なモンじゃねぇ、ただの雑用係だよ」 三年生になっても相変わらずブレザーは全開、ストライプ柄のネクタイはゆるゆる、当然の如く外されたシャツの第一ボタン。 左の耳たぶでは、かつて父親が母親にプレゼントしたというピアスが蛍光灯の明かりをさり気なく反射していた。 「濡宇朗も、やっと慣れてきたみたいで、ほっとした」 母親である劣性淫魔の濡宇朗は、現在、阿久刀川が経営しているクラブ「USUAL」のスタッフ見習いとして働いていた。 阿久刀川が出会ったその日に是非にと勧誘したのだ。 プレミアムルームでの一悶着に居合せた立場でよく勧誘できたものだと、スカウトの話を聞かされた当時、正直なところ岬は阿久刀川の雇用主としての采配を疑ったものだった。 百合也は束の間の伴侶だった濡宇朗について、短気で衝動的で怠惰で、働くのに向いていないと本人を前にして言い切ったが、阿久刀川は「それが濡宇朗さんの魅力であり武器ですから」とトンチンカンなことをのたまい、住まいまで提供するという好条件を出した。 濡宇朗は人生初となるマトモな労働に踏み切る道を選んだ。 最初の半年間、グラスを割らない日はなく、周囲のスタッフに媚びてさぼることもしばしば、不誠実まっしぐらな勤務態度であったが。 岬に言い聞かせられ、百合也に叱咤され、いつしかちゃんと仕事と向き合うようになって。 多くのパリピな客らに見目麗しい容姿を持て囃され、崇拝する信者まで次々と現れて、さらなる集客に一役買うようになっていった。 「またお前が面倒ごとに巻き込まれたら今度は俺が濡宇朗を殴ってもいいか」 校内履きのシューズを脱ぎ、イスの上で窮屈そうに胡座をかいた岬は首を左右に振った。 「言い寄ってくる軽い奴らとは一線おいてっし、ガチの奴らは偶像崇拝みたいなモンだから遠巻きにして手を出してこないって、自分で言ってた」 「悪い前例がある。不安しかない」 「なぁ、志摩センセェ。あんまり濡宇朗のこと嫌うなよ、俺の母親なんだぞ」 「母親なのに息子の貞操を狙ってる時点で一切信用できない」 ……そんな風に言うくらいなら、いい加減さっさとセンセェが奪ってくれりゃあいいのに……。

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