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「イスから今にも落ちそうだけど大丈夫か」
無地のワイシャツにセーター、腕捲りして空白だらけのプリントを眺めている志摩に岬は「あっかんべー」と舌を出した。
去年の秋、十一月生まれの志摩の誕生日を初めて祝った。
百合也が司る「アウェイク」をウェイターとして積極的に手伝い、バイト代で腕時計を購入し、プレゼントに贈った。
「店の手伝い、か」
志摩が片頬杖を突き、手首を一周する腕時計が視界の真ん中に、飽きのこない充足感にニヤニヤしそうになって岬は明後日の方向を向いた。
「家事手伝いに変更したらどう」
「は? 大した違いねぇだろ、再提出なんか面倒くせぇし、もっとひでぇこと書いてる奴わんさかいるだろーが、社会的にヤバイ事務所に所属希望とか、路上生活とか、無人島でユーチューバーデビュー目指すとか言ってる奴もいたぞ」
「俺のウチで家事手伝いデビュー」
「は? 志摩センセェんちで、家事手伝い、デビュー……」
志摩の言葉を何とはなしに復唱し、岬は、途中で言葉を失った。
真正面でプリント片手に片頬杖を突いている担任を凝視した。
「卒業したら俺のウチにおいで」
岬は……ぐらりと横に傾き、そのままイス諸共床目掛けて倒れ込んだ。
「あーあ、言わんこっちゃない」
すぐさま立ち上がってテーブルを迂回し、そばに跪いた志摩を悔しげに睨む。
「頭は? 打ってないか?」
頭ではなく腰を冷たい床に打ちつけた。
痛むところを片手で押さえた岬はかろうじて文句を絞り出す。
「……面談でこんな不意討ちあるかよ……」
心配されたそばから床に派手に倒れ込み、不意討ちをモロに喰らって歯痒そうにしている生徒の頭を担任はよしよしと撫でる。
「残り一年、そして卒業してからも。末永くよろしく、反抗期ちゃん」
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