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雨が降って少しは涼しくなるかと思いきや不快な湿気が増しただけだった。 「うわ、むっとしてる……」 帰宅した岬はすぐにリビングのクーラーを点けた。 「近いって言ってた割に十五分くらいは歩いたな」 後に続いて入ってきた志摩に「十分近いだろッ」と言い捨て、玄関側の脱衣所へバスタオルをとりにいく。 「はーーー……」 整理整頓された収納棚、自分が洗って干して畳んで重ねているふかふかのバスタオルに唐突に岬は顔を突っ込んだ。 ……志摩がウチに来た。 ……志摩がウチにいる。 たったそれだけのことが岬にはこれまでにない最高の誕生日プレゼントに思えた。 「あーあ」 見ないフリも逃げ道も通用しなくなった。 こんなのもう、いい加減、自覚するしかねぇ。 志摩のことが好きだ。 「あーあ……」 岬はコンビニでビニール傘を一本購入した。 自分より4センチ上背のある、170センチ後半の志摩に差してもらって、この自宅マンションまで相合傘で帰ってきた。 いつにない至近距離で隣り合った。 すっかりこの身に馴染んだはずの帰り道なのに、知らない世界に迷い込んだような不思議な感覚に陥った。 でも戸惑う暇もなくて。 すぐそこにある彼の熱をただただ噛み締めるのに精一杯で。 「はぁ」 二人きりになるのは初めてで。 緊張しているのも確かで。 それを遥かに上回る昂揚感に促されて熱もつ吐息が唇の外へと解放されていった。 ……いつまでも放置してたら怪しまれる、そろそろ戻んねぇと。 ……そーだ、昼飯食ったばっかだけど、晩飯にハンバーグ作ってやろうかな、確か挽肉とタマネギがあったはずだ。 深呼吸した岬はバスタオルを頭に引っ掛け、志摩のためにもう一つ抱え込んでリビングへ戻った。 「岬」 先程と同じ位置であるリビングの出入り口に志摩はまだ立っていた。 スクールバッグを肩にかけたままスマホを手にしていた。 「来たばかりで悪い、もう行くから」 岬の視界に入ったメール画面。 やたらめったら使用されているハートの絵文字が見えた。 「家に招いてくれてありがとう」 自分と入れ代わりにリビングを出て行こうとした志摩の片腕を、岬は、咄嗟に掴んだ。 「俺がセフレの代わりになってやるから、どこにも行くんじゃねぇよ、志摩」 別の誰かの元へ行ってほしくなくて、引き留めたくて、衝動的に口走った……。 「今、何て言ったの」 ……何を抜かしてんだ、俺は……。 なー、神様、数秒だけ巻き戻してやり直しできねぇかな? ほんの五秒くらい、いーだろ? 「俺の聞き間違えかな」 岬は口ごもった。 「岬がセフレの代わりになってくれるって」 わざわざ台詞を反芻されると耳たぶの隅々まで紅潮させた。 「どうやって俺のこと満足させてくれるの」 自分の横を擦り抜けようとしていたはずの志摩がすぐ真正面に立ち、岬は微かに息を呑む。 相合傘で隣り合ったときよりも近く感じる志摩の熱に眩暈がした。 「岬のどこまで俺にくれる?」 土砂降りの雨音が聞こえてくる薄明るいリビングに落ちた抑揚のない声。 いつになく自分を直視してくる双眸にレンズ越しに視線を束縛されて、一瞬で渇いた喉を思わず鳴らして、岬は答えた。 「ぜんぶ……俺のぜんぶ、志摩にあげる……」

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