124 / 213

124

「と、言うことで、早速今日の放課後俺ん家来る?」 職員室から出て来て、昼食を食べる為カフェテリアへ向かう途中で、静月が俺にそう言った。 「行くわけねーだろ」 「どうして?」 恍け切った男を腹立たし気に俺は睨んだ。 「大事な話もあるし、丁度いい」 「俺は無いから!なんならセンコーには教えて貰ったことにしとくわ」 「それは無理だろ?留年したいの?」 うむむ……。 「誰かに教えて貰うさ、お前じゃない誰かにな!」 「葵のレベルを知ってる俺が教えた方が早いと思うよ、もう期末まで時間無いしね」 「ちげーだろ、だいたいおまえ真面目に勉強教える気なんてサラサラないだろーよ」 「相変わらず葵の頭は花畑だな、葵を留年させたら俺の沽券に関わるじゃないか、そんなことさせないからね。葵はそんなことばかり考えてると本当に落第するよ?」 真面目な顔して真面目な話をするな! おまえの頭の中がどんなにエロいのか俺は知ってるんだぞ、そう思うと他人には分からない、この王子のような崇高で綺麗な容姿がマジ腹立たしい。 「うるせーわ!大河とか、あずみに教えてもらうから、俺の事はほっといてくれ」 「真鍋は以前の葵と同じく放課後はデートで忙しいだろうし、工藤はクラブ入ってるしバイトもしてるから忙しいだろ、みんな葵の勉強どころじゃないはずだよ」 何で知ってんのさ、リサーチ激しくね? 他人に興味あるようには見えないが……。 「うるせーわ!じゃあ、お前じゃない誰かに教えてもらうから!」 あくまでも反抗する俺に静月はため息を吐いて、同時に素早く俺の手首を掴むと、階段の隅へと俺を追い詰めた。 ドンと背中が壁にぶつかり、頭が壁にぶつかった……痛って……。 「な……んだよ、離せ!」 静月が本気を出せば簡単に離してくれないのは分かっていたが、息が掛かるほどの至近距離に居心地が悪かった。 「どうしてそんなに俺を避けるのかな?」 自分の胸に聞けよ! てか、気付いて無いから俺に聞くんだよな……、こいつ鈍感なのか敏感なのかわかんねぇ。 「遊びは終わりだよ静月」 「どういうこと?」 「もう俺に近づくんじゃねーよ」 「落第してもいいの?」 「おまえの目的はそれじゃないだろ、俺は真剣に勉強しないとマジでマズイんだよ、おまえの遊びに付き合ってらんねーわ」 「俺も本気なんだけど?勉強も葵のことも」 「……」 何を抜けぬけと言うんだこいつは。 遊び感ありありで……、いや俺も何時も遊びだけど、こいつからはもうほんと一抜けしたい。 関わるとろくなこと無さそうな予感が胸の中を渦巻く。 そしてゆっくりと静月の人差し指が俺の額を押したので、頭が壁に再びゴツンと音を立ててぶつかった。 痛ってー。 「葵は俺の物になったんじゃ無かったの?」 ぶり返すんじゃねーよ。 「あれはお前が無理矢理言わせたんじゃないか、それにもう……」 「もう?なに?」 「おまえに……飽きた……」 言ってやった、多分、静月が最大に怒る筈の言葉を……。 すると、思ってた通り静月の顔が険しくなっていった。 その固くなった表情を見ると、傷つけたかったのは自分なのに、静月の痛みが跳ね返ってきたのか俺の心が軋んだ。 ややこしい感情に複雑な思いがやるせない。 だが、その直後、静月の唇が俺の唇に素早く重なった。 あ……、油断してしまった、顎を持ち上げられ壁に頭ごと固定される。 くちゅ……ちゅっ……。 逃げようと思えば多分逃げられた、だけどそうしなかったのはこれが最後かな……静月とのキス……、そう思ったからだ。 俺の身体の芯から溶かすような甘く魅惑的なキス……。 唇を抉じ開けて来る舌を、花がミツバチを待ち受けるように俺は甘んじた。 本当は必要だった……これから先もずっと静月が……、だけど男同士のこんな関係を最初から否定し続けていた俺は、言葉に出して言えなかった。 そして何より、こいつは俺のモノではない……。 「葵……、俺のこと嫌い?」 「嫌い」 即答してやったら、静月は声を出して笑った。 「俺は葵のこと好きだよ」 そして優しく俺の唇を食んだ。 「葵の為だったら何でもする」 「嘘つけ……」 手を頬に添えられて、キスは唇から耳を甘噛みし、首筋へと降りて行く。 何度も舐められキスを落とされる……。 「やめ……ろ……」 抵抗しようともがけばもがくほど、握られた腕はきつくなり、でも反対に落とされる唇は優しく甘い……、ああ……それ以上はダメだ……、理性が薄れる……。 「本当だよ、これからもずっと一緒に居たいと思ってる」 ほんとコイツ何言ってんだよ、文句を言おうとしたら頭上から声がした。 「葵せーんぱーい!こんなとこに居たんですか?皆さんが探してましたよー?」 いきなり呼ばれて、驚きに俺の身体がビクンと跳ねた。 声のする方を見上げると、三階の手摺から身を乗り出すようにして、由紀ちゃんがニコニコ笑いながら手を振っていた。 「……おう、今いくわ」 腕はいつの間にか解放されていたが、珍しく静月が顔に不快感を漂わせて由紀ちゃんを見上げていたので、俺はちょっと驚いた。 女の子に向けてそんな怖い顔したのを初めて見たからだ。 でも由紀ちゃんが来なかったら……、そう考えると頬に血が上る。 ほんと、俺は静月にマジ弱い。 何だかんだとあっと言う間に攻略される……。 断ち切りたくても、どうしようもなく惹かれ、遠ざけようとしても何故か引き合う引力……、そして抗えない意思の弱い俺……。 「今晩、待ってるから来て」 去り際に腕を掴まれ、静月に真顔で俺にそう言われた。 行きたいけど……、行かない、行かない方がいいんだと、心で呟いた。 そして返事をしないまま、その場を後にした。

ともだちにシェアしよう!