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126 <SIDE> 静月凌駕
「先生……これは……」
俺は教室に戻ってこない葵を探して保健室に来る途中、白衣の裾をヒラつかせながら歩いて来た養護教諭と廊下で出くわした。
そして二人して保健室に来てみれば、狭く簡素なベッドに男子が二人、すやすやと眠っているではないか。
一人は飴玉をしっかり握り締め、もうひとりは長い睫毛に涙を溜めている……。
どうして泣いているんだ葵……。
「おや、可愛いね」
教諭は二人を見下ろしながら愛でるようにそう言って、嬉しそうに微笑んだ。
そして彼は、今にも落ちそうな瑛斗が握りしめている飴玉を取り上げると、躊躇なく自分の口に含んだ。
俺はその横で窮屈そうに眠る葵を抱き上げると、隣の空いたベッドへと横たえるが、何時もの如く一度眠りについたら、まったく起きる気配のない葵の、濡れた睫毛の先から涙を拭き取った。
泣くほど悲しい原因が俺だと嬉しい、それは葵がまだ俺のことを考えてくれているからだろうし、触れられなかった11日間の間、俺の行動への不信感を募らせ、挙句に俺を拒否しようとしている、そんな葵の困惑が見て取れて、俺もまた苦しくなる。
確かに遊びから始まった関係だけど、セックスに夢中になったのはお互いさまで、この関係を続けようとしたけど、葵は俺の事を『飽きた』と言った。
じゃあなぜ泣いているのだ?
それに俺が傍に居て守ってやろうとしてるのに、葵はいつもスルリとその手を躱す、無理矢理繋ぎ止めようとしたら、怒って抵抗する……、だけどそのビッチな身体は俺を拒否しきれない。
俺たちは磁石のように、どうしようもなく惹かれ合うのだ……。
葵の顔に掛かる長い髪の毛を払いながら、淡く色づいた唇を指先でなぞると、ふわりと柔らかくて心を乱された。
そして、どうしようもなく触れたくて、その形の良い唇にキスを優しく落とす。
微かに開いた唇から舌を入れて口内を弄ると、葵の口から溜息に似た声が漏れ、顔を少し上向けて更にせがむかのような堪らなく淫らな反応を見せ、覚醒したかのように舌を絡めて来た。
葵は目覚めてはいない、単に身体が反応しているだけのだ。
くちゅ……くちゅり……、チュ……、キスが深くなり、苦しくなった葵は息をする為に大きく口を開いた。
まだ遊び足りない赤い舌が、唾液に濡れ色づいた唇からチロリと覗いている、なんてエロいんだろう。
誰にもそんな顔を見せたく無い、他の誰にも……。
「もうそろそろ止めておけ静月」
その声にハッとした。
見ると椅子に座った教師が、呆れたように俺を見ていた。
夢中で葵にキスをしてしまった、しかも相手は眠っているというのに……。
「そうですね……」
きっと俺の笑顔は引き攣っているに違いなかった。
俺としたことが……。
「お前でもそんな風になるんだな」
「え?」
「何時も余裕綽々なお前が、我を忘れていただろう?相手には困ってないだろうお前がね」
その通りで、すっかり先生が居ることさえも忘れていた。
「まあ、今のお前に関しては執着もまた必要なことかもな」
「それはそっくり先生に返しますよ、俺の幼馴染を悲しませないでくれます?」
「反撃されたなこりゃ」
先生は痛いところを突かれて苦笑いする。
瑛斗を振り回すこの教諭は掴みどころがなく、瑛斗の気持ちを知りながら関係を持ちつつ、他の奴にも手を出している。
「じゃあ、教室に戻りますが葵に手は出さないでくださいよ」
「そこまで俺もゲス野郎じゃないぞ?」
「そうですか?」
そう言って、チラッと教諭を見てから俺は背を向けた。
「お前なー」
背後で不服そうな声がしたが、それを無視して保健室を後にした。
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