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こっちを伺うように少しだけ首を傾けた潤は可愛らしくて、それが俺の心を揺るがせた。 こいつが静月の好きな奴……、そう思うと更に胸が苦しくなった。 きっと静月を迎えに来てるのだろうと思って、軽く手を振りその横を通り過ぎようとした時、再び潤に呼び止められた。 「待って……」 「?」 関わりたくないが、その声に渋々振り向いた。 「君に話があるんだけど、ここじゃちょっと……良かったら近くの公園にでも一緒に行ってくれませんか?」 俺は話など無いし断りたいと思ったが、静月が惚れた相手がどんな奴なのだろうかと、少しばかり興味がわいたのも事実で……、でも目の前の『静月の恋人』を、冷静にじっと観察している俺もいた。 「なに?」 「あの……ちょっと……」 言いにくそうに俯く表情は愛らしかった。 できることなら会いたくなかったし、話などあるわけもなく、さっさと別れを告げて去りたかったが、面と向かってそう言われると断るわけにもいかなかった。 俺も時間あるし、まあいいかと思い近くの公園へとトボトボ二人で歩く。 潤の背丈は俺より10センチ程低く、巻き毛がクルンとカールして白い頬を覆っている、唇は薄くピンク色をしていて、澄んだ瞳の回りを長い睫毛がくるんと上を向いていて女子のように可愛い。 こいつがあの学園一モテモテで、誰もが落としたがる静月を、一度は振ったことがある奴なのかと思うと、複雑な気分だった。 二人が並ぶ姿を想像すると、余りにもお似合いで気分が沈む。 3分ほど歩いただろうか、俺たちは人気のない公園でベンチに並んで腰かけた。 「あの……」 「うん?」 「率直に聞くけど……、君と凌駕は付き合ってたの?」 確かに、直球だな……。 しかも、もう過去形かよ……。 「いや……、俺の補習の面倒見てくれてただけで、付き合ってるとかはない。だいいち、俺女子が好きだし」 「そうなんだ?」 潤は意外そうに少し目を見開いて俺を見た。 「僕ら……僕と凌駕は中学の時、付き合ってたんだ……」 「うん、聞いたことある」 「知ってたんだ……。だったらお願いがあるんだけど……」 「なに?」 「僕は凌駕とまた付き合い始めたんだ……。だからその……」 そこで潤はもじもじと言いにくそうに、言葉を切って考えているようだった。 「俺に手を引けと?」 「あ……いや……、そういう関係じゃないのなら……その……」 「そうだよ、心配ない。俺らそういう関係じゃないから。単なるクラスメイトだ」 俺がそう言うと、潤の顔がパァと輝いた。 「良かった。あの日、君らを店で見かけた時、てっきり付き合ってるんだと思ったんだ。とても仲良さそうだったし」 そうだな……、あの時の俺は……確かに静月と始めての外食で舞い上がってたし、一緒に居てとても楽しかったのを覚えている、でもその後潤が現れて静月の態度が豹変し、その瞳に俺を映すことを止めてしまうまでは……。 「懐かしさのあまり凌駕に電話したら、今度会おうってことになって……、会ってみたらやっぱり凌駕は以前よりも数倍もカッコよくなってて僕は泣きたくなった……、どうして凌駕と別れたんだろうって、そして僕がどんなに後悔してるか、愛しているかを伝えて、もう一度傍に居たいって言ったんだ」 あの日以来、静月は俺への連絡をパタリと止めたんだっけ……、そういうことか……二人は再び付き合い始めたんだな……。 そして……、その小さな唇や髪の毛が掛かる首筋にキスを落とし、細いな身体を抱いたのかな……、そう思うと潤から目を逸らしたくなった。 俺の知らない静月を知ってる潤に、今更ながら嫉妬心がむくむく湧いた。 「中学の時さ、僕は先輩と付き合ってたんだけど、凌駕に会ってお互い一目ぼれしたんだよね、だから先輩を振って凌駕と付き合ってたんだ。そして君らの通う高校に二人で一緒に行く約束したんだけど、先輩がさ僕がそっちに行ったら凌駕をボコるって言って脅かして来たんだよね。先輩は族の頭で悪いことはたくさんしてきたの知ってるし、だから僕は凌駕と一緒に行けなかったんだよ……。もし凌駕に何かあればと思うと夜も眠れなかった……。」 潤は悲しそうな顔をして話を続けた。 二人が好き合いながらも別れる羽目になった苦しい過去の経緯に、静月を思うと心が沈んだ。 明らかに今までの静月は男女構わず相手を取っ替え引っ替え、どう見ても金持ちの頭の良いお坊ちゃまが、何かがあって自棄になってるようにしか見えなかった。 その原因が目の前の奴にあるのかと思うと、ああ……やっぱ心が折れる。 「僕は凌駕が好きだったけど、先輩に脅かされて無理矢理別れさせられたんだ……、だけどこの前久しぶりに会ってすごくドキドキした……やっぱり僕は凌駕が好きだって確信したよ」 真っすぐ見る目が俺に突き刺さる。 そっか……、今でも凌駕はお前のことが好きだ……きっと、俺はあの日からあっさり切られたからな。 「僕、このまま凌駕と付き合ってもいいかな?」 「あ、当たり前じゃん、俺は関係ないし」 「ありがとう」 潤は本当に嬉しそうに瞳を輝かせていた。 うん……、俺はもう関係ない。 ただ、ひとつ気になることがあった。 「でも、その先輩は大丈夫なのか?」 「今年の春卒業したんだ、噂では新しい彼女できたとか聞いたし、もう連絡ないんだよ。それにあったとしても今度こそきっぱり断るつもりだ」 「そっか……」 潤は期待に顔を綻ばせながらキッパリと言った。 静月は安全なんだな……、ちょっと安心する。 いくら身体能力が高くても、複数で来られたら静月とて負けてしまうだろう……て、何を今更俺が心配してんだ。 俺の心配を他所に、潤は満面の笑みをこぼしていた。 こんな女子みたいに綺麗な子に喜ばれると何も言えなくなる。 しかも相思相愛の仲だと聞いて、俺の出る幕無いじゃん……、そう思うと一気に気分が下降した。 今度こそ静月と手を切らないと潤を不幸にするし、俺も傷つき誰も幸せになれない。 静月の意のままズルズルと関係を続けそうだった自分が嫌になる。 こうやって静月の恋人が目の前に現れ、付き合うことを宣言された今、二人の仲を裂くようなことができるわけない。 いや、静月にとっては潤が本命なのだから、俺はあくまでも静月の遊びの相手でしかなく、裂くとか問題外だ。 可愛い顔に笑顔を張り付けて、手を振りながら遠ざかる潤の姿を見送りながら、今度こそきっぱり別れることを心に誓った。 そして俺はかって無い絶望に打ちのめされた。

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