130 / 213
130
「いやー、誘惑されちまってさ」
拒否れよ、教師だろおまえ。
「香ちゃん好きよねー高校生、美少年好きだからねぇ」
「ちょっと、光太郎さん何言ってんですか、人聞きの悪い」
「あら、違った?何時も連れ歩く子達は高校生くらいじゃないの」
「大学生です!光太郎さん、俺一応教師なんだからコイツの前では黙っててくださいよ」
長瀬は焦った顔してチロリと俺を見た。
「今さら何言ってんだ、長瀬の噂は知らない者はいねーっつの、繁華街をいつも綺麗な少年連れて歩いてるってな」
ハハッと、長瀬は苦笑いした。
だけど、それをこれっぽっちも気にしていない証拠に、学校であんなことができるのだろう。
「俺の話はもういいから、光太郎さんほら、ビールと何かつまみ下さいよ、こいつには光太郎さん特製のオムレツでも食べさせて貰えます?あれ上手いし」
光太郎さんの咎めるような視線を避ける為に、長瀬が急かしたので、光太郎さんは仕方なく肩透かしして奥の厨房へと消えて行った。
「長瀬は瑛斗と付き合ってんの?」
「どうして?気になる?」
「まあ、どーでもいいけど。会話の流れ的に?」
長瀬がフッと笑った。
「付き合ってはないよ」
「ふーん……」
でも、やることはやるんだ……。
ゲイってやっぱ心と身体は別物なのか?
そう思うと何だか気分が沈む。
「じゃあ、お前と静月は付き合ってんのか?」
「ねーよ!」
あれ、強く拒否し過ぎたかな……長瀬が笑ってやがる。
「そんな感じかな」
「え……」
どんな感じだよ……、俺らは……もう関係ないし……、いや、そもそも付き合ってねーし……。
しかも、その恋人に遠回しに近寄るなと言われたも同然で……、好きな相手の回りをチラチラ徘徊して欲しくないと、俺が反対の立場だったらとそう思うし、反論のしようが無かった……。
それに幸せそうな静月を見て、平気で居られるほど心は強くないから、俺は離れる方を選んだんだ。
そしたら何時か忘れられるだろう。
「静月と喧嘩でもしたのか?」
「もっと悪い、あいつの恋人が現れて、俺に手を引け的な?ことを言われた」
「え、あいつ恋人居たのか?」
「うん……」
「おかしいな、俺はあいつがお前にぞっこんだと思っていたが……」
長瀬は少し驚いたように俺を見た。
そんなことない……、あいつは誰にでもきっとそんな感じだ。
相手をその気にさせるのが上手いだけだ……、そう思うと気分がすっかり落ちてしまった。
「はい、お待たせ」
光太郎さんが長瀬にはビールとおつまみ、俺にはさっき言ってた光太郎さん特製の、店で一番人気でもあるとろっとろのオムライスを作ってきてくれた。
美味そうだなこれ、でも飲み物はオレンジジュースとか、ガキかよ……。
長瀬の前に差し出された、冷やされたグラスの曇り具合が上手そうにビールを演出していた。
長瀬がグラスに手を出そうとした時、丁度スマホが鳴り始め、どこに入れたのか鞄をガサゴソ探している。
光太郎さんは奥に消えて居なかったので、その隙に俺は長瀬の前にあるビールのグラスを取って一気に飲み干した。
ぷっはーっ、うっめーーっ、でも喉にくるーっ。
「コラばか!!」
て、もう遅いもんね。
「おまえなぁ……」
ガチャリと大きな音を立てて空のグラスをテーブルに置くと、中から程なく光太郎さんが出てきた。
「どした?」
光太郎さんが尋ねる。
「こいつがビール飲んじゃったよ」
「え?飲んじゃったの?」
空になったグラスを見やる光太郎さんが、呆れたような顔をしている。
「俺がスマホ探してる間にこいつ……」
「監督不行き届きだね長瀬ちゃん、どーすんのこの子、このまま帰らせたらこの子の母親にどやされるわよ」
「俺の母ちゃん怖いぞ?」
長瀬が母ちゃんに叱られるとか、想像するだけで可笑しくてへらへら笑ってしまった。
「うへ……、おまえ大丈夫か?」
「大丈夫、大丈夫、そんな軟な葵クンじゃありませんよーだ」
俺を見る二人が一瞬にして固まった。
「……」
「……酔ってんなこいつ……」
光太郎さんの顔が曇るが、そんなこと知ったことかー。
ああ、気持ちいい、身体も頭もふわふわしてきた。
「もう一杯!光太郎さん!みんなでわいわいしよ~ぜ」
「バカ何言ってんだ高校生!空きっ腹にビール飲んで回ったな、しかも酒弱いし……」
「完全に酔ってるわよね……」
「うむ……」
光太郎さんと長瀬が顔を見合わせていたが、気分が良かった俺はもっと飲ませろと管を巻いて二人から口を塞がれた。
「長瀬ちゃん、タクシー呼ぶからこの子連れて帰ってよ、この子の母親が何時ここに現れるかわからないし危険だわ」
「今日は夜勤で~す」
「そうなの?だとしても酔っぱらいの高校生を店に置いておくわけにはいかないわ、私も仕事あるし
ね」
「全く……、参ったな……」
二人の困惑を他所に、俺はこの上なく上機嫌で、この後無理矢理タクシーに押し込まれた所で記憶が途切れた。
翌朝、とんでもないことが待ち受けてると知らずに……。
ともだちにシェアしよう!