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静月の家から駅までほぼ5分。 そんなこんなで俺は静月に『好きだ』と言われても、テンションを上げる事すらできなくて、歩道をトボトボ歩いていたら後ろから呼び止められた。 「河野くん……」 振り向くと、なんとそこには青木潤がいた。 潤は今にも泣きそうな顔で俺を見ていた。 う……ぁ……、見られたかな……家から出てくるとこ……。 見られたよな、きっと……最悪……。 「僕との……約束、破ったんだね?」 「……」 まずい……。 「酷いよ……」 潤は大きな瞳に涙を浮かべて俺をじっと見ていた。 何時もの甘い少女のような顔は歪んで、小さな身体は震えているように見えて、よけい罪悪感が増す。 うーむ……、約束を破ってしまったが、でも二人は付き合ってないんだよな? 静月はそうはっきり言ったけど、この様子じゃ潤はそう思って無いらしいし、まあ静月は思わせ振りが上手いし、潤がその気になってたとしてもしょうがないような気がする。 どっちにしろ俺が約束を破ったことに変わりはないし、ここは否定しておいた方がいいか……、ああ……俺って約束を守れない最低な奴かも……。 なのでここは全力で謝っておこう。 「え……と、違うんだ!昨日さ俺ダチと遊んでて酔っ払っちゃってさ……、知り合いのところに居たんだけど、何故か瑛斗が勘違いして静月に迎えに来るよう言ったらしくて……、意識不明のままここに運ばれちゃったんだよ、で今まで爆睡ってわけさー、ごめんなー。それ以上は酔っ払っててマジ記憶が無いんだよ……」 うん、半分事実も入ってるぞ? 「そんなの信じられないっ」 「嘘じゃねーし……」 「僕ね、ほんとうに凌駕のことが大好きなんだよ、誰よりも!」 「わかってるって、それに……、俺は女子が大好きな軟派ノンケだし……大丈夫だよ」 何がだよ……と、心の中で悪態をつく、もう心も身体もしんどくて、さらにこんな面倒な会話はこれ以上今続けたくない。 ああもう、うぜぇぇぇ。 「信じていいの?」 潤の死にそうだった顔が少しだけ緩んだ。 「うん」 どうか顔が引き攣ってませんようにと、祈りながら笑顔の仮面を張り付ける俺。 目の前に、俺とは別に静月とエッチしたことがある奴がいるかと思うと、胸がキリキリと針で刺されてるかのように痛い……。 静月が目の前のこいつと、あんなことやこんなことをいっぱいしたのかと、エロい想像が頭を掠めて息ができないくらい苦しかった。 その小さく赤い唇で静月の舌を貪ったのかと思うと……、あああ……止まらない妄想に火がついて気が狂いそうだ! 何なん? この感情は……、これでも静月のことを『好き』とは言わないのか? この痛みは何なのだ? その時、遠くで激しい爆音がしたかと思うと、それは徐々に近づいて来て、俺たちの横に一台のバイクが停まった。 その人物がヘルメットを取ると鮮やかな金髪が現れた。 「あれ~、葵ちゃんこんなとこで何してんのぉ?」 「え?啓介!」 「啓介……」 潤の口からも、同時に言葉が漏れた。 知り合いだったのか。 「潤と葵ちゃんは顔見知り?意外だなぁ」 「ちょっとね」 普段人懐こそうな笑顔を振りまいている潤が、意外にも少し苛立ったような表情をして返事をした。 さっきまでの泣きそうだった欠片も見えない冷ややかな目線と態度に、俺はすこしばかり驚いたけど、まあ、静月が潤と過去に付き合っていたのなら、啓介と知り合いだとしてもおかしくは無い。 「葵ちゃん帰るとこなの?」 啓介は何時と変わらずヘラヘラと軽い態度で俺に尋ねた。 「うん、そうだけど?」 「送ってくよ、さあ乗って!」 啓介はそう言うなりヘルメットを俺に投げて寄越した。 俺としてもこれ以上潤に関わりたくなかったので、有り難い申し出に即バイクの後ろに乗った。 啓介が来てから態度が全く違う、表情の硬い潤の顔に戸惑いながら俺は別れの挨拶をした。 「じゃあ……」 潤も同じように『じゃあ』と、低く小さな声で同じ返答をした。 そして俺と啓介はその場を後にしたのだが、最初は何だか悶々としてた心も、バイクで街を駆け抜ける爽快感が、さっきまでの憂鬱を吹き飛ばしてくれ、このまま何時間も走っていたいと思ったが、残念な事に家が近くて、あっと言う間に着いてしまった。 「ありがとうな」 俺はヘルメットを渡しながら啓介に礼を言った。 「葵ちやん、さっき潤になんか言われたの?」 「いや……なにも……」 俺は嘘をついた。 静月の友達である啓介に言うことでは無いと思ったからだ。 まあ、それを察したのかそれ以上啓介は問いたださなかったが、何時もの軟派さを隠して真面目な顔で帰り際に一言付け加えた。 「葵ちゃん、あいつには気をつけてね」 「え……?」 「潤だよ」 どういう意味だろう……。 「潤のあの可愛い見た目に騙されちゃいけないよ、葵ちゃんは意外と素直で良い子だから騙されそうなんだよね~」 何時もの調子でクスクス笑ってやがる、何が言いたいんだよこのヤロー。 「それに凌駕は葵ちゃんがどう思ってるかわかんないけど、葵ちゃんのこと大事に思ってるよ」 大事かどうかはわかんないけど、あいつが俺に優しいのはエッチしてる時だけだ。 そん時だけは溶けちゃうんじゃないかと思うくらい、静月は俺をとろとろに甘やかしてくれる……。 「そうは思ってなさそうだけど、親友の俺が言うんだから間違いないよ」 じゃあなんで潤とキスとか、俺の前でするんだよ?って言いたかったが、それを啓介に言ってもどうなることでもない。 「ただ彼奴もいろいろあってさ、人に対して淡泊なとこあるけど基本良い奴だよ。少し慎重になってるだけだからさ、気長に待っててあげて~」 中学の頃の話は少し聞いていたけど、まあ瑛斗は策略家だからどこまで本当の事を言ってるのかはわからない。 俺の知らない話がまだ山のように有りそうだけど、今は啓介にそれ以上は聞いてはいけないような気がした。 それに、静月の過去の話を聞くのは、聞きたいような聞きたく無いような、それはそれで怖くねーか? 「じゃ、またね~」 啓介はニヤニヤと微笑みながら手を振ると、ヘルメットを被りバイクを始動させると、あっという間に俺の視界から消え去って行った。 なんだか頭が混乱して、脳みそがぐちゃぐちゃだ……。 みんな何を言ってるんだろう。 静月の言葉も啓介の言ってる意味もよくわからない。 ただ潤の啓介を見る目の強さは俺を驚かせ、それらすべての出来事が俺の不安を煽った。

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