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第8話

静月とのキスの感触が残る唇に手をあてると、何故だか心が騒めいた。 何だろうこの感触…。 どの女の子とも感じた事の無いざわめき…。 口内を犯す舌先の熱と欲……。 「ねー、お兄ちゃん、女子みたいにずーと鏡の中の、自分に見惚れてるのやめたら?」 え? その声に我に返ると、何時もの朝の何時もの光景で、すずいが歯磨きをしながら鏡越しに言う。 「唇に指なんか当てちゃって、キスでもしたの?」 「え!?」 と、俺。 「え?」 と、妹。 「!」 と、弟。 俺以外はキョトンとした顔をしている。 俺は自分の顔が赤くなるのを感じて、慌てて顔を洗った。 静月とのキスを思い出して、ぼーっとしていた自分が恥ずかしかった。 「なにそのファーストキスです的なハニカミ様は」 更にすずいが追い打ちを掛けて来る。 ドストライクな発言だったけど、適当に言ってみた感のすずいは、ただ早く俺にこの場を去ってもらいたと言う不快感を顔に浮かべているだけだった。 この妹、感が良いのか悪いのか…、でも俺はそれに時々助けられるけどな。 「うっさい!」 俺は照れ隠しの為、すずいの頭を小突いた。 序に空の頭も…。 「痛~~~~い!ママに言いつけてやるーーっ」 「%’$#()=)~!!!!」 今日も空は口の中は歯磨き粉いっぱいで、何を言ってるのか判読不可能だ。 はい、どうしても教室に入って行くと静月を意識しないわけには行かなくて…。 俺の周りや、静月を囲む人垣を掻き分けて辿り着いた机に鞄を乗せると、静月ファンからおはようの挨拶が来た。 「おはようー」 そう言って、俺がイケメンスマイルを返すと静月ファンであろうとも、メロメロな視線を送って来る。 悪い気はしないので思わず顔が綻んだ所で、突き刺さるような静月の目と視線が合った。 なんだ、なんだ、ファンを取られるのが悔しいのか? いや、違うかも…。 もしかして昨日静月を突き飛ばして帰った事への怒りか? でも、それならば昨日の帰りに俺を見下しながら笑ってた事でチャラでは無いのか? まだ根に持っているのなら、大人気ないぞ? 俺はもう忘れた。 お前も忘れろ…って、それもちょっと違うか…。 ぐるぐるぐるぐる、俺はあれからあのキスが頭から離れない…。 でも、決して気持ち良かったとか…認めないからな! 「葵」 「お、おう? なんだ」 いきなり名前を呼ばれてドギマギする…。 しっかりしろ俺。 「今日の放課後、俺一時間ほど用事があるから、俺ん家先に行ってて」 昨日の事など頭の片隅にも無いような、何時もの無表情な顔でそう言った。 まだ勉強は続けるんだね? 俺集中できるかな…。 「えー、やだよ、おまえが居ないのに行けるわけねーじゃん」 「家の者にはちゃんと言ってあるから先行って待ってて」 はっ、もしやあの美人な姉ちゃんに又会えるかな…、ぐふっ。 喜んだのも束の間、静月は冷ややかな目を俺に向けて言った。 「姉貴は居ないけどな」 がふっ! なぜ俺の心が読めたのだ静月よ…。 澄ました顔で見るなよ、ゲスな考えをしてた俺が恥かしいじゃないか。 「できるだけ早く帰る」 「お、おう…」 まあ教えを乞う身としては文句は言えない…、今更やめると言った所で静月を怒らすだろうことは目に見えている。 なので、ここは素直に従う事にした。 「葵」 再び静月に名前を呼ばれた。 「ん?」 「俺の名前は凌駕って呼べ」 「!」 有無を言わさぬよう、それだけ言って静月は前を向いた。 り…凌駕ぁぁぁぁぁ…、お前、昨日のこと何とも思ってないのかぁぁぁぁ? 何も無かったような澄ました顔して前向きやがって…。 まあ…お前はバイセクシャルだからキスの一つや二つどうってことないと思ってるかも知れないが、俺はごくごく一般的な健康男子で、キスだって女子としかしたこと無いんだぞ?! 昨夜だって目を閉じればお前とのキスが浮かんで眠れやしない…。 どうしてくれんだよーっ、凌駕!!! 俺がもう一度ジト目で静月をチラ見したら、今度は静月がジト目で同じようにこちらを向いたので目が合ってドキリとしたが、意地悪そうに口角が上がっていたので、やっぱり何だかムカついた。 その余裕顔が俺を不愉快にさせる。 納得がいかないままHRが始まったが、おれは放課後のことで頭がいっぱいだった。 静月はそんな俺のことなど気にした風もなく、前を向いたまま先生の話しを靜かに聞いていたのだった。

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