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「あ~、ここに居たー!」
昼休み、俺は中庭の芝生に寝ころんでいた。
目を開けなくても、そのテンション高い声の持ち主が誰だかわかって、無視をしようと寝たふりしていた。
「聞いたよー、静月と別れたって~?」
うぜぇ……。
高梨瑛斗だ。
今はこいつと話す気にはまったくなれない。
「ダブルデート計画してたのにさぁ、すごーく残念!海辺のねいいホテル見つけたんだ、プライベートビーチまであって、陽が昇るの見えてすごーくロマンチックなんだよ。一緒に行けるの楽しみにしてたんだけどさぁ、こんなことになっちゃって……。まあ、いろいろ解決したらまた行こうね」
は?
何言ってんだこいつ、俺たちはもう終わったんだよ!
いや、始まってさえ無かったかもなぁ……、繋がりは身体の関係だけだ。
「ねぇー、この前の僕の誕生日、君が台無しにしたじゃん?あの後、盛り上がっちゃってね、センセーと次の日の夕方までヤッちゃったぁ、最後は意識まで飛んじゃってぇ~、もうくたくたで精液一ミリも出なかったよ、結局は仲直りできたし以前よりもラブ度増しちゃって、君には感謝してるよありがとね!」
瑛斗は嬉しそうにひとり浮かれていて、寝ている俺の肩をパシパシ叩いた。
お前らのことなんてどーでもいいし、頼むからどこかへ消えてくれ。
「あの夜さぁ、すごい形相で凌駕が君を迎えに来たじゃん、その時、写真撮ったんだけど見る~?真剣に怒っててマジでウケル~、ねーねー起きてってばぁ見て~っ」
「うるせぇわ!」
俺は振り向き、瑛斗を睨んだ。
そんな写真見る気無いっつの!
「ほら見てってばぁ、めっちゃヤキモチ焼いてる顔だよ」
俺がウザそうにしてるのもお構いなしの瑛斗は、俺の目の前に自分のスマホを差し出した。
写真でさえ今は見たくもない静月の顔を……。
まあ確かに怒ってんな……、この顔はかなり激怒してる時の顔で、俺も何度か見たことがある。
誰でも遅くに呼び出されたら怒るだろう……。
「愛されてるよね~」
そう言って、瑛斗がニコリと微笑んだ。
どこがだよ!
見りゃわかるだろ、この不機嫌そうな顔!
「おまえってアホだよな?ほんと正真正銘のドアホだ!」
「酷っど~い、凌駕に言いつけちゃうよ!」
もうそんなことはどうでもいい、1秒でも早くどっかに消えてくれ。
「まあ、君も潤が現れてから振り回されて散々だよね、静月は今度こそ潤を追い詰めようと……」
次の瞬間、瑛斗は急に真顔になった。
口を滑らせてしまったというように唇を手で隠す。
どういう意味?
「あれ、ちょっとお喋りが過ぎちゃったぁ~」
そう言って、瑛斗はとぼけるように嘘くさい笑みを顔に張り付けた。
「どういうことだよ?」
「何でもないよー」
ヘラッヘラ笑っている。
こいつクッソ腹立つ、わざとだろーーっ、口を滑らした真似しやがって。
「潤を……、追い詰めるってどういうことさ?」
「んー、遠くにやる?」
殴ったろか?
そのまんま、アホみたいな回答が俺を苛立たせたので、グーで殴る振りをしたらビビッて後ろに下がった。
「暴力反対!」
「なら喋れ!だいたい静月の思ってた相手って潤じゃなかったのか?なんで追い詰めるんだよ」
「僕、潤だなんて言ってないよ、静月の思い人は他にいるもん!」
「え……?」
「いや、居たってことかな……、今は家族と一緒に外国で暮らしていて日本には居ないよ」
「潤と違うのか?」
「本気って言う意味じゃ違うよ」
マジか……、俺はてっきり潤だとばかり……。
「最初は潤に告られてから少しの間だけ二人は付き合ってたんだけど、静月が途中で他の子を好きになって潤とは別れちゃったんだー、潤だってさぁ前に付き合ってた奴とは完全に切れてなかったしさぁ、それにあんな性格だろう?静月だって愛想尽かすよ。で……まあいろいろあって、結局はその子とも別れたんだけどね……」
瑛斗の声は何か言いにくそうに、だんだん細くなっていった。
俺の知らない何かがあるんだと、流石に鈍感な俺にもわかった。
でも、なんだか頭がこんがらがって来た。
まだ俺の知らない『本命』がいたなんて……。
「あーでも心配しなくていいよ、もう完全にその子とは切れてるし、今は君の事が好きだよ。だってあんな凌駕見たことないもん」
多分ショックを受けたような顔をしているだろう俺に、瑛斗は慌ててフォローを入れてくるがもう遅い、静月に潤より他に好きな奴がいたってことが、俺には大いに衝撃だった。
だからって……今更どうなる話でも無いが、瑛斗が俺を痛めつけようとしてたのなら成功だ。
「だから色々一件落着したら、海辺のホテル一緒に行こうね」
「おまえの頭は花畑だな、ある意味羨ましいわ」
「君だってぇ、少し前まで僕と同じだったでしょ?周りに女の子従えて何も考えてなさそうだったよ?」
「うるせぇ!」
その時、休憩時間の終わりを告げるチャイムが鳴った。
ああ最悪……俺の貴重な休み時間がこのバカに奪われてしまった……、このまま保健室へ直行しようか……。
「あーっ、今保健室へ行こうと思ったでしょ?」
ぎょっ、
瑛斗が目を細めて俺を見た。
バカかと思ったら、意外と感がいいじゃないか。
「だめぇーっ、あのベッドは僕専用なんだから!」
瑛斗はスクッと立ち上がると、保健室の方へと走り出した。
「あそこは今までもこれからもずーーと、俺のベッドなんだよ!待ちやがれ!」
俺も起き上がると、その後を追う。
「やだーーっ、きゃ~~~~っ!」
裏庭に女の子のような高い声が鳴り響いた。
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