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あっと言う間に週末になった。
静月のことは考えないようにして、とりま試験で合格点を取る方が先決で、放課後はそれなりに勉強に取り組み、そして苦い思いを振り払うかのように、口の中には苺味のするジャンクなチューインガムを何度も放り込んでは噛みつぶし、隣のあいつはできるだけ無視って見ないようにした。
俺にできることはそれだけだ……。
そんな勉強から解放される週末の夜、ベッドで横になりながらYouTubeを見ていた時だった。
大河からの電話が鳴った。
『何やってんのさ?何時までもシケてんじゃないよー、これからクラブ来ないか?』
学校で噂はいろいろ拡散されて、特に大河に詳しく話したわけでもないのに、俺についての話は耳に入っているのだろう。
まあ、この頃の俺の落ち込んでる姿を見てればわかるだろうけど……、俺もいちいち説明するのも面倒だし、かと言って何をどう説明するんだ?
どっちにしろ大河はあまり興味は無さそうだ。
面白おかしく噂を垂れ流すその他大勢の連中には、別に何を言われてもどうでもいい。
くだらない噂で遠ざかる奴は俺も興味ない。
電話の向こうからはテンション上がる賑やかな音が聞こえていた。
「そんな気分じゃねーし……」
『そんな気分じゃないから来るんだろ?だいたいお前らしくないぞーっ、俺のナンパ師最強の相棒はどこ行ったんだ!?』
電話の向こうで絶叫してる。
「ああ……そんな過去もあったな……」
不思議なことにそんな遊びをした日々が、もう何年も……何億年も昔のように思えた。
『この#’*+?‘野郎!!ぐだぐだ言ってないでとっとと来やがれー!お前が来ないと俺一人でサバききれないじゃんよ』
「いいじゃん、モテて」
『いや本音言うと、声かけまくってたら前から気になってた本命の子が来ちゃってさぁ、頼むよー』
「アホ、死ね!」
『今度、音楽フェスあるから顔パスで通れるように融通きかすからさー』
マジかー、行きたいじゃねーか、弱ってる俺を餌で釣るなよ。
大河の年上の従弟はそういったイベントを企画する会社を経営していて、俺らはタダで見せて貰ったことがあったが、めちゃくちゃ楽しかった。
「今から行くから、待ってろ!」
『ちょ~~っ!』
耳の大河の笑い声が響いていたが俺は電話を切った。
しょうがないおこぼれの後始末してやるよ、まあ、大河が今回本気なのは知ってるから助けてやるか……、今夜は母親も夜勤で居ないし、この頃の鬱を吹き飛ばす為にも久しぶりに出掛けるのもいいかもな。
そう思い直すと、サクッと着替えて夜の街へと飛び出した。
「おー葵、久しぶりだな」
クラブの入口で声を掛けられた。
この人はクラブのセキュリティ担当でボディチェックをしている、何時も俺の肩を叩いて顔パスで中へ入れてくれる。
ガタイがいい上にちょっと強面で、おまけに黒いスーツなんて着こんでるもんだからみんなに恐れられている。
いつ頃からだろうか金も払った記憶がない。
横を通り過ぎて階段を降りて行くと重低音響く広いフロアへ出る。
久しぶりに音のシャワーを浴びると、皮膚がゾワゾワした。
「遅っせーよ!」
俺の姿を見つけた途端、大河が飛んできた。
「うるせぇ、来てやっただけでもありがたいと思え」
「まあなぁ、相棒よ!」
大河は嬉しそうに俺の肩を抱いて、耳元で囁いた。
「俺まりえちゃんと上手くいきそうなんだ、ボックス席で待たせてる娘たちよろしく頼むわ、話聞いたらひとりは知り合いの妹らしくてさ下手なことできないんだよ」
見るとなかなかの美人二人連れだ。
「ざけんなよ、てめぇ」
「頼むよ~、助けてくれたら夏には楽しいフェスが待ってるぞ!」
しょうがねーな……、適当に会話してあしらって帰るか……。
そう。
どうしてそのまま帰るかって?
情けないけど俺の息子ちゃんは勃ちそうにないし、そして何よりそんな気分じゃない。
俺は大河に言われたとおり、代わりに席へ着くと彼女らを他愛ない話で盛り上げた。
その辺りは任してくれ、きっちり仕事はしてやろうじゃないか。
気が付けばいつの間にか大河は女の子と消えていた。
踊って飲んで喋って、何人か知り合いもいて更に盛り上がって、徐々に気分が上がっていた。
おかしいことに古巣に戻ってきたような気にさえなる。
あー、だけど明日は朝早く母親が帰宅するんだった、朝帰りはマズイ……。
母親の顔が浮かんでいきなり現実に引き戻された。
「ねぇ、これからどこか行くぅ?」
「あ、ごめんそろそろ帰るわ」
「えー!!」
俺は飲み物をひと口飲んでから席を立った。
もちろん、ウイスキーに見立てたただのウーロン茶だ。
俺が酒をひと口でも飲んだらどうなるか、それはとっくに経験済みだ。
彼女らに別れの挨拶をして、階段を登り切らないうちに後ろから声を掛けられた。
「ねぇ、また会える?」
「ここに来たら会えるよ」
「きっとよ」
にこりと微笑む顔が可愛かった。
「うん、おやすみ」
気のない返事に、俺らの会話を聞いていた黒スーツが含み笑いをしていた。
「相変わらずモテるな、なのに今日は手ぶらか?」
「大きな声では言えないけど、俺まだ学生なんで母親の保護下にあんの」
「ふざけんな」
そう言って、鼻で笑われた。
まあそうだよな、友達の所に泊まると嘘ついては朝まで遊びまくってたもんな、それに今までここに来て手ぶらで帰ったことなど無かったしな……。
「大人になったかな」
「ほう、いい傾向だ」
「じゃあ、おやすみー」
実際は大人になんかなってない。
期末試験に落ちかかっているただの学生で、失恋のショックで立ち直れてなくて、うだうだ悩んでいたありふれたガキだ。
でもまあいい、こいうして外に出ると気分転換にはなった。
そうするうちに全ては過去になるだろう。
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