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第32話

気が付くと部屋は真っ暗で、リビングの辺りから賑やかな声が聞こえてくる。 と、同時に美味そうな匂いまで届いてきて、もとより腹ペコだった俺の腹がぐ~~っと音を立てた。 「やっぱ来たよ、お兄ちゃんたら食いしん坊なんだからー」 リビングの入口に俺の姿を見つけて真っ先にすずいが言った。 「うっせっ」 あれ、台所に誰かいる。 「あら~、葵今日もイケメンね~」 エプロンを着けた光太郎さんが俺を見て嬉しそうにお玉を振り上げた。 光太郎さんは母親の幼馴染で、このマンションのオーナーでもあり、街にビルを幾つか持つ実業家だが、更にバーとクラブを経営しながら店にも出ている超多忙な人だ。 当然、俺より付き合いも長いし、親友と言うだけあって我が家の状況は十分把握していて、母親が居ない夜とかに、時々差し入れをしてくれる。 そして何よりマイノリティーなのはゲイであるということ。 いや、ゲイってマイノリティーなのか? まあ、いいや。 黒髪を後ろに撫でつけシャツを袖まくりしてる姿は大人の色気さえ漂うが、なんせ口を開けば……。 「いいとこに来たじゃないー、美味しいお肉が手に入ったからすき焼きしてんのよ」 女言葉が普通に出てくる……。 そう、勿体ないイケメンなのだ。 「この子は謹慎中だから食べさせないでね」 「え!?」 なんて母親だろう……、俺は今、死にそうに腹減ってんだけど。 「えー、何やっちゃったの葵?相変わらずやんちゃなんだから~」 光太郎さんは心配そうに顔を曇らせつつ、半面とても嬉しそうに言った。 「お兄ちゃんさぁ、幼い妹弟をほったらかして昨日外泊したの、だからママはカンカン」 「うっせーな、ブス!」 「葵!」 席に着いたばかりの俺の横を、皿を持って歩いていた母親に頭を小突かれた。 い……痛ってーーー。 俺の顔が苦痛に歪むのを見て、あざとい妹がほくそ笑んでいる。 ブス、ブス、ブス! 声に出さずに叫んだら、俺に向けてすずいがベロを出した。 「まあねぇ、年頃の男の子だもん、外泊の一泊や二泊……」 「何言ってんの光太郎!我が家ではそういうの認めないから、年長は下の面倒見るのは当然。それができないのなら出て行って自活なさい」 うげっ、キツイんだからもう……。 「まぁまぁ、そこまで言わなくてもねー、食べなさい葵」 そう言って、光太郎さんが俺の皿に肉を入れようとした時、横からさっと伸びてきた母親の手によって、取り上げられてしまった。 「何すんだよ!」 「謹慎中なのにお肉が食べられると思ってんの?野菜食べなさい、野菜!」 うぉぉぉぉ! このクソばばあめ! 「ん?なんか言った?」 母親がとぼけて俺に聞く。 「ちょっとー、厳しすぎよー、男の子だもん食べないと」 「光太郎、甘やかさないでちょうだい。この子は何度言ってもわからないから、このくらいのお仕置きなんてなんとも思ってやしないわ、胸の中で悪態ついてるくらいでしょうよ」 さすが母親、よく子供の事がおわかりで……、だから子供もあなたが一度言い出したら聞いてくれないのは十分承知してます……はい。 いや、もう腹が減りすぎて争う気力さえありません。 でもまあ、なんか食っとかないとマジで倒れそうなんで、仕方なく野菜をつまむ……。 すると母親がビールを取りに冷蔵庫へと席を立った時、幸太郎さんが俺に肉を取り分けてくれようとしたら、空がそれより先に俺の皿に肉を入れてくれた。 流石弟よ、可愛いなこんちくしょうー、天然坊やかと思ってたけど、こんなところは誰に似たのか凄く気が利く。 そして二人が同時ににっこり微笑むと何だか心が和んだ。 その横ですずいが呆れたように二人を見ていたが、特に何も言わなかった。 光太郎さんは店でも料理を振舞うほどの腕前だから、空腹も相まって鍋は涙が出るほど美味かったのだが、その横でガツガツ肉を食ってるすずいや空を、恨めしそうに横目で見ながら全くもって最悪な一日に、俺は悪態をつくのだった……。

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