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静月様は怒っていた。 その顔はかなり本気で怒っている……、というのを過去の経験から知っている。 「葵は……、俺が葵を突き放すことも……、離れてからも……どんなに苦しかったかわかってない」 「しっ……知るかよ、そんなの。おまえの勝手だろうが、俺を振り回しやがって」 指が更に俺の首に食い込んだ。 俺、静月にここで殺されるのかな? ぐぐ……っ……、息が苦しいんだけどぉぉぉ。 もう、こうなれば言いたい放題ぶちまけて死んでやる! 「いっ……言っとくけど、俺が……真剣にお前に向き合ったら、逃げてったのはおまえの方だからな!」 その時、さっきまで怒りに満ちていた静月の表情と、首を締め付けていた指が同時にふっと緩んだ。 「逃げては無い。距離を置いただけだ」 「それを逃げたと言うんだよ!」 「違う」 「同じだし!急に避けられたりしたら傷つくだろうが!こっちは突然お前に避けられて、どうしていいかわかんねーよ、ふざけんな!」 不満が一気に噴き出した。 なんか俺ボロボロだな……、身体も心も疲れ果てている。 そして、そんな俺を見下ろしている、いつも完璧な静月も同じく疲れているような表情をしていた。 「ごめん……、葵を守りたかったんだ」 「知るかよ!俺はただおまえと一緒に居たかっただけなんだよ!」 黙って俺を見ていた静月は、少しだけ笑顔を見せた。 「そうだよね……、葵はいつも心に素直だ」 指先が頬を撫でたと思ったら急に顔が近づいてきたので、キスをされると思って咄嗟に顔を背けた。 そんなんじゃ、騙されないぞ! しかし、顔を無理矢理真正面向かされる。 「啓介から葵が連れ去られたらしいって連絡が入った時、俺は目の前が真っ暗になったよ。ずっと見張りをつけてたにもかかわらず、あっさり拉致されてしまって俺は自分を責めた。こんなことならずっと自分の側に置いておくべきだったと……」 「うるせぇ!別に俺はおまえの助けなんて……」 と、言いかけたところで静月の手に口を塞がれた。 「俺に怒ってるからってそんなこと言うな、潤はお前が思ってるよりずっと凶悪で本気だったし、その上、葵への嫉妬に狂ってたから、助けが間に合わなければどんなことになってたかと……、想像するだけで気分が悪い」 確かに潤は普通じゃなかった。 言葉通りの残虐なことを平気でしただろうと思うと改めて怖くなった。 しかし……だ……。 「だけど……、俺が殴られたり酷い事されようとしてるの見ていたくせに、昔の……事件の証拠が欲しい為に……、俺の……俺のことなんてどうでもよかったんだろ!」 そう……、俺の為じゃない。 この時、静月の瞳がキラリと輝いた……ような気がした。 そんでもって、笑ってねーか? 「そうだよ『昔の事件の証拠』が欲しかった」 「……だろーよ!」 なんかショックで、心を落ち着けようと背中を向けた。 俺を犠牲にしてまで、証拠が欲しいなんて……、昔付き合ってた外国に行ってしまった大事な奴の為なんだろう? あー、気分が悪い。 「拗ねるんじゃないよ。それはね全部、葵の為だ。潤の悪行は今回の事件だけでは有能な弁護士をつけたらあっさり釈放されかねないし、もっと罪を重くするためにも過去の殺人未遂の証拠がどうしても欲しかったんだ。これ以上俺と葵の回りをうろついて欲しくないからね」 「だとしてもだ!」 「わかってる。葵は散々殴られてた……、その痛みは俺の痛みでもあったけど、葵が耐えれる精神を持ってることはわかっていたよ、いざとなったら葵は強いからね」 「……あたりめーよ、気合が違う気合が!」 静月は珍しく声に出して笑った。 「笑うとこじゃねーだろ!」 「ごめんごめん、だから俺は葵が好きなんだよ」 「え……」 「ほんと、好きだよ」 思ってもいなかった静月の言葉と笑顔の破壊力に、驚いて動けなかった俺の額に軽くキスをした……子供かよ。 チュ……。 「そこじゃ……ないと思うぞ……?」 「じゃあどこ?」 そう言って、今度は笑いながら頬にキスをした。 相変わらずイラつくなこいつ……。

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