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第35話
月曜日、改札口を出ると目の前に賑やかな集団が目に入った。
その中で頭一つ抜き出てるのが誰だか、顔を見なくてもすぐに分かった。
うはっ……、今日一番会いたくなかった人物だ。
気づかれないように後ろをノロノロと歩く事にしたが、いつの間にか俺も女の子に囲まれていた。
「河野君おはよ~」
いつもはデレっデレな俺も、今日ばかりは有難迷惑で挨拶も上の空だ。
とにかく前を歩く静月に気付かれたく無かったので、歩調はのろまな亀だ。
「葵~、おはよー!」
その元気な声は環ちゃん!
駆けて来たのか息が上がってる、ほんのり上気した顔が今日も可愛いんだけど?
「おはよー、環ちゃん」
「葵くん週末どこ行ってたの?連絡しても返事くれなかったね?」
環ちゃんが唇を尖らせながら、俺の腕に指を絡ませてきた。
週末はそりゃ……いけないことをしてたわけで……、そう詳細はもちろん言えやしない。
「ごめんね、環ちゃん。今度埋め合わせはた~っぷりするからね」
俺は意味深に環ちゃんの耳の傍でささやいた。
「絶対だよ~、今度両親旅行に行くの、そしたら来て!」
環ちゃんもヒソヒソ声で上目使いで言う。
うっしゃ、やっぱ環ちゃんは可愛いし、むふむふは女子とに限る!
静月のお仕置きは……、そりゃ気持ちよかったけど……いろいろ精神的ダメージが多すぎる。
ここは無かったことにしよう……、うん、無かったことに!
そう思って前へ一歩踏み出した時、目の前に大きな壁が立ち塞がった。
「葵、忘れ物」
静月が手にイアホンを乗せて立っていた。
あ、そんな物いつ忘れたんだ?
音楽聴く気分じゃなかったので、忘れたことさえ気が付いて無かったけど、俺カバンから出したっけな……?
無表情で俺の前に立つ静月の、少し目を覆う前髪が風に払われると、透き通るような光彩を放つ瞳が真っすぐ俺を見ていた。
馴れ馴れしく笑顔を作られるよりマシだけど、無表情ってのも何だか不気味だ。
特にこいつは変態的ゲス男だから、何を考えてるのかわからねーし……。
まあしかし、よく見ると静月は今日も爽やかイケメンだな、群がる女子の気持ちも分からないでもない。
「ありがとうは?」
「……ありがとう……」
前言撤回……。
どこが爽やかだよ、眉一つ動かさずにお礼を求めるとか、むしろ怖いんだけど。
静月はうなずくと先を歩いて行った。
「今日も放課後静月くんとこに行くんでしょ?」
環ちゃんが聞いてきた。
「え……」
あ……そうか……、多分……。
行きたくないけどこればっかはしょうがない……。
あの部屋でふたりっきりだとか、あんなことあったばかりで息がつまりそう……。
その時、あの言葉が脳裏に浮かんだ。
『静月凌駕と二度目は無い』
だよ……な?
うん、ないない……。
俺は前を歩く静月の後姿を見つめながら、そう自分に言い聞かせていた。
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