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見上げると、静月が以前に通っていた中学の、高等部の制服を着た男子が二人立っていた。 声を掛けてきた子は長めの明るい髪の毛に、アーモンド型の瞳が愛くるしい綺麗な少年で、傍らで微笑んでる奴は背が高くガタイのいい、スポーツやってそうな感じの人だった。 「久しぶり」 静月はもう平静を取り戻したのか、いつもと変り無い礼儀正しさで相手に接している。 「ほぼ一年振りかなー?元気だった?」 「この通り、潤は?」 「僕も元気だよー、でもね凌駕がいなくなって寂しかったんだよ?そっちは楽しい?」 「そうだな」 そう言って、静月は微笑んだ。 だが……、その目知ってる……、本気で笑ってない目だ。 「いいなぁ……、あ、先輩紹介するね。三年の牧瀬亮先輩だよ」 隣で微笑んでいる同じ制服を着た男子を紹介してくれた。 「よろしく」 紹介された先輩が軽く頷く。 「凌駕も友達紹介してよ」 「葵……、河野葵クラスメイトだ」 「僕は木下潤、中学の時同級生だったんだ。よろしくね」 潤はニコリと微笑んだ。 「よろしく……」 挨拶はしたものの、何か居心地悪いのは気のせいだろうか、一見穏やかに会話してるようで静月の緊張が見て取れたし、テンション高めでそつが無い潤に何だか違和感を感じる……。 「じゃあ、そろそろ行こう邪魔しちゃ悪いよ」 天の助けか、先輩がそう言った。 ありがとう先輩、なんだか空気悪いもんな……。 「うん、じゃあまたね」 そう言って奥の席に向かった二人を見送る。 だが、それから明らかに不機嫌になった静月は、運ばれてきたパスタを黙々と食べていた。 ちぇっ、さっきまで上々の昼下がりだったのに、俺まで一気にテンション下降したじゃないか。 まてよ、それは静月に依存してるのか? いやいや、ナイナイ、それは無い。 俺は俺だ……。 目の前の静月がテンションがた落ちで、食事をマズそうに食っているものだから、取り巻く空気が重くてしょうがない。 さっきまでの爽やかな風はどこへ行ったんだ? 「静月、それ一口食べさせて」 「嫌だ」 「ケチ、一口くらいいいじゃん。マズそうに食ってるから食べてやるよ」 「美味しいから心配なく」 「静月のドケチ……」 文句を言おうと口を開いたら、パスタを絡めたフォークを口に突っ込まれた。 酷い扱いだ……。 「ほら、美味いだろう?」 「う……む……い」 俺はもごもご言わせながら感想を述べた。 今度来た時これを注文しよう、マジで美味い。 て、今度って何時だ? こんな風に静月と食事することなんて、この先あるのかな? そもそも補習が終わったら俺たちのこの関係も終わるのだろうか……、何だかテンション俺まで下がってきた。 それに、今ひとつ気が付いたことがある。 前に瑛斗が言ってた静月の本気の相手ってもしかして……この木下潤か……? 以前、静月が通っていた学校の制服だし、あんなにも可愛い容姿で、仲が良かったような親し気な口調で……、そして何よりあまり表情を崩さない静月が、珍しく顔を強張らせていたあの様子は……。 だからって……もう一年も経つそうだし、関係ないよな? 勿論、俺にも……。 俺はそう思いながら残りのパスタを頬張った。 あれ以来すっかり口数が少なくなった静月は、食事を食べ終えると静月家の車を呼んだ。 そして今、俺らはその後部座席に座っていた。 何だか気まずいのは、あれからすっかり静月が口を閉ざしてしまったからで、どう考えてもあの木下潤と過去に何かあったということくらい、いくら鈍感な俺にでもわかった。 「葵……、今日は帰ってくれないか?今から家に送るよ……」 そして唐突に、元気の失せた口調で静月がそう言った。 「え……」 「ごめん……、なんかそんな気分じゃ無くなった」 俺は静月を見た。 やっぱ木下潤のせいなのか……。 あの、何時も自信満々で、自分のやりたいようにしていた俺様静月の困惑が、俺を動揺させる……。 「葵、補習用紙今持ってる?サインしとくよ」 鞄から補習のチェック用紙を取り出し、静月に手渡すと残り時間の枠まで全てサインしてくれた。 まじか……、あんなに何度も頼んだのに渋ってサインをしてくれなかった静月が……、今、全部の項目にサインをしてくれた。 何かがおかしい……。 明らかな異変に俺は戸惑った。 と、その時、静月のスマホに電話が鳴る。 静月は着信画面を暫く見つめていたが、漸く画面に指を触れて返事をした。 でもその声は高揚が無く何時もの静月とは全く違っていた。 やがて、俺のマンションの玄関に車が着けられると、運転手が降りてきて恭しくドアを開けてくれた。 なんだか気が抜けたが、降りた方が良さそうだ。 まだ静月は電話中だったが、何も言わずに俺を見ていた。 何だよ……、その困惑したような瞳は……。 「じゃ……」 俺がそう言うも、静月は軽く頷いただけで電話に集中していた。 帰り際、ドアが閉まる瞬間、僅かに『……潤……』と呟く静月の声が聞こえてきて、更に俺の不安を煽った……。

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