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俺は静月に恋をした……。 そう気付いた途端の失恋……。 その事実に愕然となり、ショックのあまり頭から指の先から、ザーっと血の気が失せるのを感じた。 静月はもう俺の手の届かない所へ行ってしまった……。 気付くのが遅かったのではない、もしもっと早くに自分の心に気づいたとしても、元々静月には心の奥に好きな奴がいて、他の誰とも本気にはならなかっただろう。 でも、男同士で本気とか……笑えるよな……。 だけど、確かなことは……もっと一緒に居たいと思えた。 こんな数週間のうちに急激に接近してきて俺を混乱させながら、でもいつの間にかその横暴さに惹かれて、怖いもの見たさのようにそっと触れた先から俺を魅惑させ、そして……あっという間にあいつは去って行った。 その時、ふと手首のブレスレットが目に入った。 この期に及んでも、俺は何か期待していたのだろうか……、言われるがままに着けていたブレスレットを外すと、車が行き交う道路へ投げ捨てた。 その上を数台の車が通り過ぎて行った。 何日も前から無視されて、あいつの視界からは完全シャットアウトで、もうとっくに終わってるのに……。 バカみたいだ俺……、そう思うと更に悲しくなってきた。 将生が気づかわし気に俺を見ていた。 そして俺の頭を胸に抱え込んで言った。 「俺でどうにもならないことが辛いよ……」 「いや……側にいてくれるだけでいいよ……」 「俺んちで休んで行くか?」 「うん……」 将生は俺の肩に腕を回して、この近くの自分の家へと連れて行った。 将生の家は離婚して母子家庭だ。 母親は看護師で俺んちと同様、誰も家に居ないことが多く、前からちょくちょく泊まっていた。 今日は夜勤らしく母親が居なくて助かった、でないとお節介な母親は俺の泣き腫らした顔を見て、どうしたのだと問い詰めた事だろう。 「泊まってく?」 将生がコーヒーを淹れて持ってきてくれた。 今日は俺んちも夜勤で居ない、また買収に金が掛かりそうだけど、すずいや空に泣き顔見られたくないし……。 「そうしようかな……」 それから俺らはそれぞれシャワーを浴びて、言葉少なに遅くまでTVを視て過ごした。 将生は俺の気を紛らわすように、お笑いの番組を見てケラケラ笑っていたが、虚ろな俺の脳裏に内容はちっとも入って来なかった。 静月のお遊びにちょっと付き合ってみたら本気になってしまったとか……、あり得ない展開に悩みながらも、拒否できなかった為に振り回されて、結局はこの始末……。 完全に遊ばれたよな……。 そんな塞ぎ込んだ俺の傍らで、将生は普段と変わらぬ態度で付き合ってくれている。 そう慰めはいらない……、放っておいて欲しいだけだと知っているので何も言わない。 きっと全て忘れられる……そのうちに……きっと……。 そして夜も更けて、何時もそうしていたように同じベッドで並んで寝る。 だけど将生の気持ちを知った今、妙に寝心地が悪く身体が触れないようにと、意識して眠れなかった。 「眠れないのか?」 「うん……」 「俺も……」 将生が深くため息を吐いた。 それは夜の闇を測るかのように静かに重く……。 「なあ……、俺本気でお前の事好きだよ」 「知ってるし、何度も言うな」 俺は少し照れながらそう言った。 同じ布団で並んで寝て、耳元でそういうこと言われたくない。 「何度も言うよ、葵が好きだ」 なんだよ急に……しつこいな。 「やめろ……、今は……今は何も考えられない……」 「じゃあ、少し落ち着いたら俺の事考えてくれるか?」 「無理、今俺のキャパいっぱいいっぱいだから」 「俺はお前の事でいっぱいだよ」 こいつ……もう怖いものないな……、やたら絡んでくる。 将生は起き上がると、腕に頭を乗せながら俺を見てきた。 近すぎて、その真剣な目が怖いぞ将生……。 「初めて会った時から今までずっと……、毎日朝から晩まで、俺は葵のことを考えている……」 やたら思いつめた顔して、似合わないセリフを言ってくる。 てか、親友だと思っていた友達から愛の言葉を囁かれてもなぁ……複雑……。 「そんなこと言うな……俺どうしたらいいかわかんないじゃねーか……」 「俺を好きになって?」 直球かよ! 「むーーりーーーっ!」 「俺、葵の為なら火の中に飛び込むのも、崖の下に飛び降りることもできる!それに跪いて足を舐めろって言われたら、舐めることもできる!」 そう言いながら、俺の足首を掴むと持ち上げて指をしゃぶろうとしたので、慌てて将生の肩を蹴って引き剥がした。 「やめい!!!アホか!なにしやがる!」 「そんだけ本気だってこと!」 「わかったから落ち着け!」 油断も隙もないなコイツ、でも、俺も落ち着こう……。 焦ったわ……。 「葵はわかってない、俺がどんなに本気かってことを……、おまえと静月が……その……ヤッたりしたのかと思うと……」 バコッ! 俺は将生の頭を小突いた。 「やめろっ!」 ヤッたとか、流石に口にされると恥ずかしいじゃねーか! 頬が赤くなるのがわかった。 「でもヤッたんだろ……?」 「いい加減にし……」 と、言いながら拳を振り上げようとしたら、今度はもの凄い力で手首を掴まれて、ベッドに張り付けられた。 「葵が静月に抱かれてるのかと思うと、泣きたくて夜も眠れなかった……」 「……」 「俺に意気地が無かったから葵に告ることもできず、横から静月にあっと言う間に葵をかっ攫われてしまった……、今でも悪夢を見ているようで苦しい……」 いや、将生……、おまえに告られてもどうにもなってなかったよ? と、口に出しては言えなかったので目で訴えたが、将生の真剣な顔は少しばかり沈痛そうで、俺の心も痛かった。 でも、だからって俺には何もできない……。 「大好きだ葵……」 「だから……」 と、言いかけた所で、いきなり将生に唇を奪われた。 「ん……ぐ」 咄嗟の事で防ぎようが無かった上に、今の俺と同じような将生の胸の内を知り、その痛みが跳ね返ってきて、脱力感と情の入り混じった複雑な感情の狭間で、その熱い唇を拒めなかった……。

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