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翌朝、将生の腕の中で目覚めた。 カーテンの隙間から朝日が零れる穏やかな朝だった。 「おはよう」 横を向くと、将生がにこやかにそう言った。 「おはよ……」 何だか照れくさいけど、昨夜の気まずさをこれっぽっちも感じさせないその笑顔は、朝の光のように俺の心を軽やかにしてくれた。 「このまま寝ていたいなぁ」 将生は枕に顔を埋めるようにして残念そうに言う。 「ばーか、俺ら底辺組みにはそんな余裕ねぇだろ」 「だよな」 将生はケラケラと笑った。 これ以上、この体制はキツイ……、なんせ将生の腕が俺の身体をホールドしていて、温もりが伝わる密着具合は、頭が冴えてくるほどに居心地を悪くさせる。 そんな俺の様子に気が付いたのか、将生は腕を振りほどいたと思ったら、いきなり起き上がった。 「さ、なんか作るよ、その間に服着ろよ、目の毒だ」 将生がニヤニヤ笑みを零しながら俺を見下ろしていた。 え……、ギョッ! 俺、まっ裸じゃん! そう言えばあのまま寝たんだっけ……。 将生は俺の驚いた顔を見て、笑いながらベッドから降りると、洗面所へと向かった。 何だかいろいろ申し訳ない……、俺は抜いてもらってちょっとスッキリしたのか心地良く眠れたのだが、将生はその……お預けくらった形で……、それに俺は不覚にも泣いてしまったが、慰められたことで少し落ち着き、今朝の気分は上々なのに、俺が将生の為にしてあげることが何もないの少しばかり辛い。 ほんと、ごめん将生……、そしてありがとうな……。 それから俺は将生の作った目玉焼きとベーコン、トーストにコーヒーというスタンダードな朝食を食べて、学校へ行く為に一緒に家を出た。 朝日が眩しかったが心が軽く感じられるのは、隣に居てさっきから他愛ない話で笑わせてくれる将生のお陰だろう。 そんな風に、ゲームをやり過ぎて泊まってしまった日と同じように、何時もの朝が普通に訪れた。 教室に入り、俺たちがそれぞれ席に着くと、後から入って来たあずみが近寄って来て透かさず言った。 「あれ?昨日将生んちに泊ったの葵?」 「なんで分かった?」 「二人で将生の家方向から歩いて来たの見てたのよ、あたし後ろ友達と歩いてたから」 「ああね」 なんか明らかに聞こえたであろう隣の静月をチラリと見てしまったが、もう俺のことなどどうでもいいのか、こちらを見ることもせずに全く聞こえていない振りをしていている。 だよな……。 以前の静月なら睨んでくるとか、何らかのアクションがあったものだけど、今の俺はすっかり飽きられたようだった。 うん……、もうそれでいいや今更何も望まない……。 「あー、そういやこの前新しいゲーム買ったって言ってたよね?ずるーい、二人でやってたんでしょー」 「あれ面白いぞ?来るって言いながら、あずみ全然俺ん家来ないじゃん」 「だってぇー、バイトとかクラブで忙しくて行けないのよーっ、今度絶対行く!」 「おう、勝負だ!」 あずみが昼食を掛けて勝負ねと、宣言した処で始業のベルが鳴り、みんなガタガタと各自の席に着いた。 意外にも頭がスッキリしているのは、昨夜久しぶりにゆっくり眠れたせいに違いなかった。 だからじゃないけど心も身体も元気で、居眠りせずに授業を真面目に聞くことができた。 静月はよく言っていたな……、授業を真面目に聞いていたらちゃんとテストも解くことができると……。 ……て、ヤダヤダヤダ直ぐに静月の事で頭が一杯になる。 気を取り直してペンを持とうとしたが、勢い余って手から滑り落ちコロコロ転がって静月の足元で止まった。 あ~あ……。 それに気付いた静月が先に拾って差し出して来たので、俺は黙ってそれを受け取ろうとしたが、思わず静月の顔を見たら目が合った。 ドキッ……。 その顔は無表情ではあったが、何か探るような眼力と威圧を感じて、その視線を受け止めきれずに、俺は逃れようと顔を背けてしまった。 一瞬の繋がりにも、こんなにドキドキするとか……、しかも相手は男で……、俺って重症……。 フラれた相手がこんな近くに居るなんて、脳内から早く抹消したいのにできないじゃないか……、神様は酷だと思わずにいられない。 しかし、16年間生きてきて初めて本気で恋したと自覚した相手がまさかの男で……、しかも遊ばれこっ酷くフラれるとか、思い出してもため息しかでないわ、ゲームで言うところの、HP削られちんでしまって蘇生待ちという所だろうか……。 てか、ゲームじゃねーし! ……もういいや、早く忘れよう。 その日の午後、何時ものようにみんなと昼食を食べ終えて、教室に向かっている途中で後ろから呼び止められた。 振り向くと、そこには昨日街で不良に絡まれていた女の子が居た。 なんだ? 可愛いけど? 「河野先輩、来栖先輩、昨日はありがとうございました。私は一年の宮條由紀です」 そう言って、昨日と同じくペコリと頭を下げた。 「いいよ、いいよ、気にしないで由紀ちゃん」 「昨日は本当に助かりました」 「もう礼はいいよ、それより街を歩くときは気をつけるんだぞ、君可愛いからね」 「はい!」 由紀ちゃんの顔が嬉しそうにパッと輝いた。 そして、俺らが背を向けて行こうとした時、再び呼び止められた。 「河野先輩!」 「ん?」 「あの……ちょっとお話が……」 俺と将生は目を合わせたが、将生がお決まりの『きっと何時もの告りだろうよ』的な目線を返したので、仕方なく由紀ちゃんに付き合うべく、誰も居ないだろう中庭の方へと連れ立って歩いて行った。 そして人影のない場所に出ると、由紀ちゃんから案の定告られた。 「先輩、実は私先輩の事ずっと好きでした……、昨日助けられて一層好きになっちゃいました」 「由紀ちゃん……」 「先輩が誰とも付き合って無いと聞いて、どうしても気持ちを告げたかったんです。私と付き合ってもらえませんか?」 積極的だな由紀ちゃん。 そりゃ由紀ちゃんは可愛いよ? 以前の俺ならホイホイ違う意味で付き合ってたんだろうけど、傷心中の今の俺はアドレスを聞く気力さえ湧かない……オー・マイ・ガッ、なんだよ……。 「由紀ちゃんごめんね、今は誰とも付き合う気はないんだ」 由紀ちゃんは、それでもニコリと微笑んだ。 「そんな気はしてました。でも私諦めませんよ?先輩、アドレス交換してくれませんか?気が向いたら連絡ください、何時でも待ってます!」 積極的な由紀ちゃんに押されながらも、アドレスくらいならとスマホを差し出すと、さっさと入力しているようだった。 ま……いいか。 何だかなぁ……、俺どうしちゃったんだろ……、何時もなら可愛い女の子に告られて、うはうは喜んでる所なのに、この気分の低迷さは何なんだ。 返って面倒だとも思ってしまう。 そんな気持ちを抱えながらトボトボ教室へ戻る途中で、後ろからいきなり腕を捕まれ、すぐ横の空き教室へと無理矢理連れ込まれた。 な、なんだ?! ガチャ……、背後でドアが閉まる音がした。 一瞬のことで、何が何だか理解ができなかった。

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