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あの日から俺は通常の日々に戻っていて、静月には完全シャットアウトされ、隣同士で座っていても会話も無ければ、目を合わすことも無い。
なので放課後は適当に天使ちゃん達と遊ぼうかとも思ったが、去勢された雄猫のようにその気になれず、この俺が真面目に帰宅するとか、あり得ない行動に母ちゃんが泣いて喜び、『流石静月くんね!』と、去って行ったアイツを誉めまくっていた。
静月は余程強運の星の下に生まれて来たのに違いない。
何をやっても物事が上手く運んでゆくようだ。
羨むことしかできない相手と一緒に居るのは辛いから、離れて正解なんだよと自分に言い聞かす。
「葵、今日靴買いに行くの付き合ってよ」
「いいけど?」
俺達は体育の授業の後片付けを先生から頼まれて、スコアボードやボール籠をゴロゴロ転がしながら倉庫へと向かっていた。
俺がこのところ覇気が無いのを心配して、将生は何かと元気付けようとしてくれる。
何度か練習をさぼって、街に連れ出してくれるのだ。
「葵、そこじゃないよもっと奥へ突っ込んで」
俺が適当にスコアボードを置こうとしたら、将生に注意される。
「あー、面倒ー、なんで俺らがやんないといけないのさ」
俺はグダグダと文句を言い続けていた。
「おまえいつもサボってるからじゃね?ご指名だったじゃん、付き合わされる俺の身にもなってよ」
「またまたー、嬉しいくせにー……」
て、いつもなら普通に言ってたけど、将生の告白を聞いてから言いにくい……、でもつい出てしまったが……。
で、普段なら『嬉しくねーや』って返って来るはずだったが。
「うん、お前と一緒だと嬉しいよ」
と、平然と言ってきやがったので、不意を突かれて思わずドキリとした俺は、アタフタと倉庫を急いで出ようとして、足元に置いてあったバレーのネットに足を取られ、見事に前のめりで膝から扱けてしまった。
ドズンと鈍い音がした。
「痛ってーーーっ!」
「うぷっ、酷いこけ方」
「笑ってんじゃねーよ、お前が変なこと言うからだ」
「意識しすぎだっつの、自意識過剰め」
将生は特に意識してる風もなく、寧ろ俺の動揺ぶりを面白がっていた。
ジャージを捲り上げるてみると、案の定膝頭が擦り剝けて赤く血が滲んでいる。
「あーあ」
将生はそう言いながらしゃがみ込むと、こともあろうにどさくさに紛れて俺の膝をペロリと舐めた……、なんかその仕草が静月を思い出させる……って、やだやだ、何考えてるんだよ俺。
「な、なにすんだよ!」
「消毒?」
「将生てめー、最近したい放題だな……」
「ああ、もう告っちまったから怖いものねーわ」
「だろうよ」
開けっ広げな将生に脱帽する。
まあ、深刻に考えれれても困るし、その方が俺も助かる。
「なあ……、お前まじで静月と別れたん?」
「だから付き合ってなんかねーってば」
「じゃあ、身体の関係だったのか?」
なんでそうなる……。
「おま……、ほっとけよ」
思わず俺は顔が赤くなるのを隠そうと、背を向けて立ち上がろうとしたが、将生に腕を掴まれ立ち上がるのを阻まれた。
……?
見ると、やたら真剣な顔をした将生が俺を見返してきた。
「俺とどうかな?考えてくれないか?」
「はぁ?何を?」
「えっち」
ぶっはーーっ!
「ば、ば、ばっ、馬鹿言ってんじゃねーよ!!」
「そりゃ静月ほどイケメンでもないし、家柄も良くは無いけど、お前の事は一番に考えてるし大切にできる、俺はお前の事しか見てないから」
「いや、そんな問題じゃねーだろ!第一俺はゲイじゃねーし!」
「でも静月とはヤッたんだろ?」
「煩いわ!」
……んとに!
「俺だったらお前を一生大事にできる」
う……うん、まあ、わかるけど……でもダメだ。
なぜなら将生はこれからも親友で居て欲しい、俺は将生に絶大な信頼を置いている。
第一、人生これまで男とどうだとか考えたことも無かったから、ここんとこ物事がハイスピードで過ぎてゆき、心が付いていかないと言うか……自分が何を欲しているのかさえも分からず、もがいてる感じがする。
なので将生の告白は人生最大のショックであり、……目下の悩みでもある。
ただ、同じシチュエーションだったとっしたら、静月と同じように将生とも、あんな風になったりするのだろうか……とも考える。
まあ、将生が無理矢理とかは無いな、もしもそんな状況になったとしても、俺が本気で突っぱねれば止めるだろうと思う。
静月とだってあいつとエッチするとか、一ミリも考えたことが無かった相手だった。
嗜好は分からないものだ……、快楽が伴うと俺の常識はあっさり崩された。
それも素早くあっと言う間に……。
静月とのことがあってからと言うものの、日々、俺はゲイなのだろうかと不安が過る……。
その理由を考えていて、将生の顔が近づいていることさえ気が付かず、俺の唇に触れるか触れないかの近さまで来た時、ガラガラガラともうひとつのボール籠が運ばれて来た。
見るとそれを運んで来たのは静月だった。
「あ、悪いな静月、持ってきてくれたのか」
将生は振り向くと平然と言った。
こんな時、将生は堂々としていてこいつの心臓がぶっ太いのを感じる。
ある意味、男らしいよな……うん。
「いや」
静月は俺らに一瞥をくれて直ぐにその場を後にした。
俺等が何をしようとしてたかは一目瞭然で、なんか我に返るとばつが悪くて一気に目が覚めた。
あんなに『俺以外の者に身体を触れさせたら殺すよ?』と、言っていた静月のセリフが頭に浮かんだが、何もリアクションが無い事に完全に見放されたのを悟ると、少しばかり胸が痛んだ。
あの言葉は、今となっては虚しいだけだ。
盛り上がると誰にでも言うだろうセリフを、心に留めていた自分が恥ずかしいとさえ思う。
もういい加減、静月のことは頭から追い払おう、俺はこんなグダグダ悩む性格じゃ無かった筈だ。
毎日そこそこ楽しんでいたお気楽な日々に戻ろう。
俺は大きく息を吐きながら立ち上がった。
「やべーよ、授業始まるぞ、行こうぜ将生」
「……うん」
将生は少しがっかりしたような顔をしていたが、俺らは用具室の扉を閉めてその場を後にした。
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